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連載「司法書士の契約書作成権限を考える」Vol.3 裁判例において司法書士が作成した契約書が無効とされた事例が存在しないことを根拠とする主張

一度、ひとつの記事として公開した内容と基本的に同趣旨です。長すぎるので連載として分割することにしました。既に以前の記事をお読みの方は、本記事はスルーされてください。


グループは、Westlaw Japan(判例集)の検索結果によれば、裁判例において司法書士が作成した契約書が無効になった事例がないことも論拠として挙げている。

しかし、そもそも、司法書士による契約書の作成が行政書士法違反になる場合、依頼者と司法書士の間の準委任契約が公序良俗違反として無効になり、報酬の返還等を請求される可能性はあっても、作成された契約書に基づく依頼者と第三者との契約そのものが「無効」になるとする根拠は存在しないと指摘せざるを得ない。

そのため、裁判例において司法書士が作成した契約書が無効とされた事例が存在しないとしても、それによって「司法書士による契約書の作成は行政書士法違反ではない」という結論が導き出せるものではないのだが、一応検討してみよう。

グループが挙げる事例

まず、グループが挙げている事例(下記)

1.広島高裁平成16年3月30日判決(平14(ネ)408号)不動産の賃貸借契約書を作成。
2.東京地裁平成19年3月30日判決(平17(ワ)4481号・平17(ワ)14559号)不動産の贈与契約書を作成。
3.知財高裁平成23年10月13日判決(平23(ネ)10040号)特許権の譲渡・金銭消費貸借契約書作成。
4.東京地裁平成26年6月24日判決(平24(ワ)34270号)不動産の売買契約書を作成。
5.東京地裁平成26年9月22日判決(平23(ワ)21450号)請負契約書の内容精査。
6.神戸地裁尼崎支部平成27年2月6日判決(平25(ワ)303号)株式交換契約の相談を受託。
7.東京高裁令和2年3月31日判決(平30(ネ)1475号)不動産の賃貸借契約書を作成。
8.さいたま地裁川越支部令和2年7月9日判決(平31(ワ)241号)不動産の売買契約書を作成。
9.東京地裁令和2年11月6日判決(平31(ワ)3163号)不動産を含む全財産の贈与契約書作成。
10.東京地裁令和3年8月17日判決(令2(ワ)7657号)全財産の負担付死因贈与契約を作成。なお、争点が預貯金であったため全財産に不動産が含まれているか判決文からは読み取れなかった。
11.東京地裁令和3年9月17日判決(平31(ワ)11035号)不動産を含む財産についての家族信託契約書の作成。

佐藤大輔司法書士のホームページより

を良く読むと、司法書士が契約書を作成したとされるケースの多くは、登記することができる権利に関する契約書の作成であることが読み取れ、かえって、多くの司法書士が、「請負契約書」や「株式交換契約」など、登記することが不可能ないし困難な契約書の作成については、前記のとおり行政書士の独占業務ではない「相談」や「精査」限りの関与に留めてきたことが窺える。

判決原文をあたると…

唯一、例外と見えるのは、「特許権の譲渡・金銭消費貸借契約書」を司法書士が作成したとされる知財高判平成23年10月13日であるが、当該判決の原文をあたったところ、当事者(控訴人)の主張として、

「本件条項について,原判決認定のように被控訴人の請求時に履行時期が到来するものと解釈すると,被控訴人は,いつでも自由に移転登録請求ができてしまうから,本件条項は,後記の本件停止条件を明記することが依頼者である被控訴人の有利にならず,さりとて移転登録の時期を明記すると控訴人が署名・押印を拒むことが予見されたことから,本件契約書の起案に当たった被控訴人側の司法書士が苦肉の策として記載したものであるにすぎない。」

知財高判平成23年10月13日

とされており、対する被控訴人の主張としては

(2) 本件契約書は,控訴人及び被控訴人の双方から依頼を受けた司法書士により作成されたものであり,作成に至る過程で,控訴人及びAも内容を了解していたばかりか,Aも証言するとおり,締結時には一字一句読み上げた上で最終確認がされたものである。

知財高判平成23年10月13日

との指摘もなされており、裁判所の認定事実としても、

被控訴人,控訴人及びAは,平成20年5月29日,D司法書士(以下「D司法書士」という。)の事務所において,D司法書士及びAの知人であるCの同席のもと,被控訴人がTYTに対して1000万円を無利子で融資し,同年11月30日を初回として毎月末日までに28万円(最終回は20万円)を分割弁済とする金銭消費貸借契約並びにA及び控訴人が当該契約上の債務を保証する旨の契約書(甲14)のほか,文言が同じであるが金額及び日付等が白地の契約書(甲15)を作成した
 また,被控訴人は,その際,控訴人との間で,本件各特許権のうち各2分の1の持分を代金400万円で買い受ける旨の契約書(本件契約書。甲5)を作成したが(本件売買契約),その際,本件新会社の出資金として控訴人が被控訴人に対して交付すべき400万円と本件売買契約代金400万円の支払債務とを相殺する旨を合意し,実際の現金の授受はせずに,控訴人は,当該代金400万円の領収証(甲6)を,被控訴人は,「貴殿と当方共同出資に係る新会社設立のための出資金として」と記入された領収証(乙1)を,それぞれ相手に交付した。
……(中略)…
(4)本件契約書(甲5)等の文言は,D司法書士が事前に被控訴人及びAと電話で打ち合わせるなどした上で作成したもので,D司法書士は,署名捺印に際して,被控訴人及び控訴人らに対してその一字一句を読み上げて確認をした(甲11,原審Aの証言)。なお,本件契約書には,次の各条項がある。

知財高判平成23年10月13日

として、金銭消費貸借契約書と保証契約書の作成は当事者同士で行っている一方、特許権の売買契約書については司法書士が作成しており、「金銭消費貸借契約書も司法書士が作成した」というグループの認識と若干の相違があることが明らかになった。

ちなみに、この「D司法書士」が契約書を作成していたとすると、直接の依頼者である被控訴人にとって「本件停止条件を明記することが依頼者である被控訴人に有利に」なるように工夫し、かつ、「控訴人が署名・押印を拒むことが予見され」ていることを知りながら、「苦肉の策」として「本件条項」(上記登録(註:特許原簿への登録)については,買主において当面留保し,その後の売主との協議の動向,情勢等を勘案し,適当な時期において登録するものとし,この際には売主は直ちにこの登録に協力するものとする)を契約書に加えたことになるおそれがあり、このこと自体、法的整序の範囲を超えて他人間の法律関係に立ち入ったものとして弁護士法第72条(非弁活動の禁止)に抵触する可能性が高く、

司法書士が行う法律的判断作用は…(中略)…依頼者の要望の内容を正確に法律的に表現し、司法の運営に支障を来たさない限度で、法律的、常識的な知識に基づく整序的な事項に限つて行われるべきもので、それ以上専門的な鑑定に属すべき事務に及んだり、代理その他の方法で他人間の法律関係に立ち入る如きは司法書士の業務範囲を越える

高松高判昭和54年6月11日

利益相反、双方代理の疑いも

また、D司法書士は、少なくともこの事件の被控訴人によれば「控訴人及び被控訴人の双方から依頼を受けた」とされており、その契約締結においても一字一句の読み合わせを必要とするなど、利害が当初から鋭く対立していたことをD司法書士も認識していたことも考え合わせると、D司法書士の行為は、グループが、司法書士の契約書作成権限の有無には直接関係しないものの、弁護士法や司法書士法には利益相反禁止規定があるのに、行政書士にはこれがない(から、契約書の作成主体として不適格だ)として殊更問題視する「利益相反行為」にも該当するのではないだろうか。

もっとも、司法書士が、登記の申請義務者と申請権利者の両者から依頼を受けて登記を遂行することは、一見すると双方代理に見えるものの、本邦においては、登記はあくまでも売買等の対抗要件とされており、効力要件とはされていないことに照らすと、登記の申請はあくまでも当事者間で既に成立した売買契約の履行であり、当事者の利益が相反する売買契約等の締結そのものではないことからして、司法書士が登記申請において義務者と権利者の双方を代理することは認められている(大審院昭和19年2月4日判決、民集23巻42頁)。

しかし、本件のように登記とは無関係の権利(特許権)に係る契約書作成について、同様の説明が妥当するとは考えにくいのである。

まとめ

このように見ていくと、「司法書士が契約書を作成した」とグループが主張する事例のほとんどが、むしろ登記を前提とする契約書の作成事例にすぎず、多くの司法書士はむしろ登記を前提としない契約書の作成(行政書士の独占業務)の受託を回避しているように見える。
唯一の例外と目される事案についてさえも、実際は特許権の売買契約書だけの作成であって金銭消費貸借契約書は司法書士が作成しておらず、その売買契約書の作成だけを取り上げても、弁護士法違反や利益相反行為などの疑念が存在し、一般的な事例とはいえず問題性の高い例外的な事例であることが明らかになったといえよう。

こうしたことを考えると、司法書士が登記と無関係の契約書を作成することが裁判例等において一般化しているということも、その契約書の効力が無効だとされた裁判例がないから、司法書士が、登記と無関係の契約書を作成する権限を有しているともできないはずだ。

最初に指摘したように、そもそも、司法書士が契約書を作成する行為が行政書士法・弁護士法違反になる可能性の有無と、司法書士が作成した契約書に基づいて当事者が締結する契約の効力の有無には直接の関係性はない。
それなのに、あたかも、それらに関係があるかのように見せかけ、法律に詳しくない読者をして、「司法書士が作成した契約書も有効だから司法書士は契約書作成権限を有している」という誤読を導こうとしているものと見える点で、悪質なものではないかと思う。


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