『テニスを教えるうえでの平等とは』
ボールのおくる数を平等にしてるか?
振り幅を平等にしてるか?
心のこもった情熱を平等にしてるか?
怒って上げる時も、平等にしてるか?
こう聞かれたら、全て不平等にしていると答える
何故なら、平等は不平等なのだから、
レッスンに集まって来た人、全てが同じ体力か?
同じ身体能力か?同じモチベーションなのか?
同じ体調なのか?って考えたら、同じはあり得ない、
多分、全員がいろんな所で違うと思うよ!
例えば、テニスマシンで左右に振って打たすと、
足の遅い人は、オーバーワークになり
足の速い人は、もの足りず、
体力の無い人は、ダウンする。
体力のあるものは、
やりたいフラストレーションが溜まって来るし、
モチベーションの低い人も、高い人も
テニスが面白く無くなって来るんだよね
だから、見かけは平等に見えるけど、
内容は不平等になる、
ヒーローは、平気で不平等をしてるよ、
レッスンが終わった時、皆も気づく、
国体の選手も初心者も同じくらいヘロヘロで汗ビッショリ、
モチベーションの高い人も低い人も、達成感を感じている、
不平等にする事で、同じぐらい苦しいという平等が生まれる
それに怪我をしない、こんなに危なかしい練習なのに
ワクワクドキドキの練習なのに怪我する人が居ない、
それぞれの人に、出来るぎりぎりの範囲で
必要な分だけ与えたいと常に考えています
春と秋に、北は北海道から南は沖縄まで、日本縦断テニスレッスンの旅をしています、何処かの町で逢えるのを楽しみにしています