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連城三紀彦『敗北への凱旋』

戦後の横浜で、男が女に銃殺される。どうやらその男は軍人でありピアニストらしく、音楽の才能を捨てて戦争に行かなければならなかった悲しき男であった....
戦地にて男が託した運指の意味とは?
事件の裏に隠されたとてつもなく壮大な大犯罪とは...?



随分と感想を書くのが久しぶりになりました。
そしてこの『敗北への凱旋』は一年以上も本棚に眠らせていまして、恥ずかしく思っています。評判を聞いているから買っているというのに…
読後になんと勿体ないことをしたのか、早く読むべきだったと反省しつつ、せめて思ったことは忘れないうちに残すことにします。



勿論色々な所で見聞きした『敗北への凱旋』ですが、2020年に行われたワセダミステリクラブ主催「米澤穂信講演会」にて12冊のミステリを紹介されていたうちの一つです。
同じ講演に1冊のミステリを加えた講演録がミステリーズ!vol.105や『米澤屋書店』に載っています。






ネタバレしながら考えたことを書きます。
未読の方は先に小説を読んでからご覧ください。






ネタバレ含む感想


細かい所に触れている元気が今日の私にないので、かんたんにですが。
まず、この最も大きな犯罪の真相を数個の暗号メッセージによって明かされた時、驚愕して信じることが出来ませんでした。
創元推理文庫版210pあたりがその場面ですが、この大東亜戦争こそが殺人事件といわれ、本当に驚き、柚木と同じくすんなりついていけませんでした。
あまりにも大きなスケールですが、これは振り返って読んでいくと理解して納得できていくもので、自然に思えてきました。

満州での寺田の部下への言動。鞘間文香が寺田を殺し、松本信子を殺し、自分も身を投げた。
このあたりをなんとなく過ぎ去った後、彼ら戦争責任者の罪の意識を踏まえて読むと印象が変わって、なんとやるせなく救いのない運命か。と感じ入りました。


そして読後に米澤穂信先生の解説を読みました。暗号ミステリについて。連城三紀彦作品について。そして本作について。が書かれています。
ですが意味深な、説明がなされていない文章が最後にありまして、私が考えたこともあり、引用させていただきます。

思いついた考察

そして本作『敗北への凱旋』は、もしかすると、もっとも怖い作品かもしれない。すばらしい暗号ミステリだから。もちろん、それもある。しかし......。
 読んでいただきたい。かつて焼夷弾が降り、そして夾竹桃の花が降った東京、今日は黄砂が降っている。

『敗北への凱旋』創元推理文庫版 解説 238pより

何の確信もない話ですが、もしかしてこういう読み方が出来るのかもしれないと思いつきました。

終章をそのまま表で読むと、寺田の暗号が日本へ届いたと示している。と読むかもしれません。
怖い、と読む?しっくり来ませんでしたが、じっくり読み返しました。
焼夷弾が降り、夾竹桃が降り、黄砂が降った。
 私は満州で失った寺田の指が砂となって東京まで運ばれたことが意味するのは、神が手を加えていることの示唆だと思うのです。

なぜ鞘間文香は生き続けたか。
事件後、神の采配に任せて、死よりも重い十字架を背負う事に決めたから。です。(192p)

河原による話で、寺田は病状を装ってまで、戦線復帰し玉砕する事を望んでいました。(179p)
寺田も戦争犯罪の意識があり、死んで楽になりたい欲があったのではないでしょうか。
そして、神は右腕を奪い、戦地から国へ返しました。銃弾を脚に受けさせ回復させたり胸を患わせたりというのは、玉砕死をさせず五体満足の帰国もさせない神の調整ではないでしょうか。
彼ら二人は神に許されず、最も苦しい運命を背負わされたのです。

夾竹桃が降ったのは鞘間重毅のメッセージで合っていると思いますし、焼夷弾は鞘間文香への罰かもしれません。そして神の選択ではなく戦争の末路といえるかもしれません。(裏の意味もとれると思います)もう何が神の仕業か分かりません。

この黄砂を運ぶという行動はそれが意味をなさないし何も伝わらない。なのに神からすれば、もしかしたら印象深い大罪人が気になって行った"きまぐれ"かもしれません。
ほんの少しの黄砂が遠くの東京の空へ流れつくというのは、ただの偶然ではなく、ただの表現ではなく、神が手を加えたと示していると思ってしまいました。

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