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そういうやり方もある 2024/11/10週

「や、おれそんな邪悪じゃないですよ」と返してきた。
「それはわかってるし、そもそも悪いだなんだとか言ってないじゃん。ただそういうふうに思っているところもあるんじゃないの、って言っただけで。実際そう思わなくもないわけでしょ?」

「ダメですよ。ダメダメ。それ言ったらもうおしまいじゃないですか。」
 声にするかどうかが問題になっていた線をとうに越えていることにコウは自分で気がついた。
「あー、もうダメだ。もう何も喋りませんよ。」
「はいはい、ごめんごめん。おれがわるかったって。でもこういうの面白いよね。言ってないのにそういうことになる、みたいな話の流れ。」
「何も面白くないです。ほんと。」
「言ってないです、言わないですよ、ってどんどん穴掘ってくんだもんなー。」

 はじめは向かい合わせに配置していたデスクをついこの間横並びに変えていた。向かい合わせにしているとコウはいつもソワソワしてしまって仕事にならないと言うからその通りにしたが、横並びにしたからそうならないわけではなく、オフィスというか仕事部屋で誰かが動くたびにぴくぴく反応してそれを反応していませんよ、という風に見せようとする。

「いや、変わんねーじゃん。配置変えても。」
「それはアキさんがわるいです。アキさんがぼくをいじりすぎなんです。そうじゃなかったらおとなしく仕事してます。」
「言ってないです、言わないですよ、何も反応してないです、反応してるって言わないでください、何もこの世界にはないんです、元からこの世界に何かあったことなんてないんです。お前一貫してるよな。」
「そんなこと言ってないですよ。あー、またこれだ。はい。仕事しますね。仕事仕事」

 キャスターつきの椅子をカカトで蹴り出して後ろ向きにすべっていた。
 コウは高校のときに校舎の階段の手すりを尻ですべって降りていた。学ランは黒いポリエステルとウールのズボンで、気がついたらお尻のあたりに摩擦で光沢が出てきていた。

「普段の生活だと別に気にならないんですけど、卒業式の練習のときとかバカいじられましたよ。名前呼ばれて、ハイ!って立ったらお尻テカテカですからね。
 でも、そんときのおれが思ってたのは地元出て大学行ったら、いまやってるゲームもっとうまくなりたいとか、そういうことなんです。あれなんだったんですかね。あれってのは卒業式のときのアドレナリンでてる感じっていうんですかね。」

 思い出そうとしていた。何かあったかな、そういうの。
 アキは自分の両親から自分たちの家業をやるなと言われていたのを思い出した。よくお前がやりたいことなら何でもいいと言われるのはつらかったという話は聞くけど、これをやるなと言われるのもまあキツかったんだろうと思う。その時の自分といまの自分に隔たりを感じていた。

「親がやるな、って言ってるものを親が毎日やってるのをおれは見てるんだよ。見てるっても、早朝に起きて仕込みをしてる音が家に響いてたんだけど、まあ見えてたっても変わんないだろ。」
「あんまアキさんそういう風に見えないですけどね。そういうってのは、制限されてる感じっていうか、抑圧っていうんですか。」

 仕事終わりにたまに行く飲み屋で、コウはコーラを頼んで、マスターの息子がジョッキに氷を放り投げるように滑り込ませて、細長いコーラの缶をその氷をつっかえにして手を離して傾けたままにして注がれているのを眺めていた。

「ちょいちょい解除していったんだと思うわ。いまも全部ってわけではないんだろうけど。」
「それはわかりますよ。あがいてる感じしますもん。」
「さっきそんな感じしないって言ってたのに、っと、いい加減だよな。」
 コウはヘラヘラ笑って、コーラの缶をジョッキから取り出して飲み始めた。そうそう、そっちにハマらないのにはそういうやり方もあるよな、とアキは思った。

 さっきまで燗床につかりっぱなしになっていた酒を飲んで、これならもう少し続けられるかもしれない、と考えていた。ハムエッグにコショウをかけて食べ始めた。
「また勝手にソースかけてる。もう。」とこぼしているのを、言われたらやるでしょ、と煽っていた。

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heno
少しずつでも自分なりに考えをすすめて行きたいと思っています。 サポートしていただいたら他の方をサポートすると思います。