高野秀行 『コロナ感染の歩き方』 その1 体調異変からPCR検査、 陽性確認・自宅療養まで
高野秀行(ノンフィクション作家)
ある時は幻獣を、ある時は未承認国家を、ある時は謎の納豆をと、未知を追い求め続けたノンフィクション作家・高野秀行が、未知のウイルスに感染してしまった! 幸い軽症で済み、コロナは自身にとって既知のものになったものの、多くの人にとっていまだ未知の恐るべきウイルスであることは変わりなく、ここに高野秀行が体験し、朦朧と冷静の間でメモしながら考察した感染レポートを公開。高野秀行の作品史上初?の“読んですぐ役立つ”レポートは感染爆発する今、必読!
はじめに
まさかまさかの話であるが、コロナに感染し発症してしまった。愚かにもこれまでは他人事のように思っていたので、何も準備がなく、毎回次の展開が皆目予想つかないという状況に陥った。
感染している途中でも、また快復してからも、友人知人から「コロナにかかるとどうなるの?」とか「ホテル療養って人工呼吸器があるの?」などさまざまな質問を受ける。それを聞く度に、いかに一般の人たちが私と同様、コロナ感染及び治療情報に無知なのかわかる。コロナに関する情報は巷にあふれているが、常に混乱しており、全貌を把握するのが難しいのだ。また、感染経験者が最初から最後まで自分の体験を詳細につづった報告もなぜか見当たらない。
そこで今回、私の体験をひととおりご報告したい。もちろんこれはあくまで一個人の体験にすぎない。コロナの症状と治療・快復への経過は①個人の状態、②コロナの株の種類、③医療・療養態勢の三つの要素に大きく左右される。感染者が百人いれば百通りのコロナ人生(?)があるわけだが、しかしその異なる体験の中に共通する要素も必ずあるはずだ。
もし自分や家族がコロナに感染したらどうすればいいのか。各段階で必要なこと・モノは何なのか。それを考える上でお役に立てば幸いである。
<筆者の事例:概要>
【年齢・生活習慣・体調など】今年55歳。フリーランスの文筆業。肥満・持病・喫煙習慣なし。飲酒は基本毎日なので肝臓の解毒能力は低下しているかもしれない(数値には異常なし)。週に3回ほどプールで泳いでいる。現在かかっている他の病気もなし。
【ワクチン接種】発症より3週間前(7月1日)に1回目を接種済み。2回目も予約していたが、その前に感染してしまった。
【感染経路】正直言って不明。心当たりがあるといえばあるし、ないと言えばない。飲み会などには行ってないが、取材や編集者との打合せ、語学のレッスン、知人と軽い会食など、発症2週間前に遡るといろいろな人に会っている。ときには話が盛り上がり、マスクを外したまま喋ったり笑ったりしていたこともある。つまり、感染して当たり前というほどの無茶はしていないが、積極的に予防策を講じていたとも言いがたい。
【家族構成】感染したときに、最も頭を悩ますのは家族のことである。一人暮らしか他の誰かと同居か、家族がいるならその構成はどうなのかなどで、さらなる感染対策や療養方針も大きく変わる。私の場合は、同じくフリーのノンフィクション作家の妻・片野ゆか(同じ年)と雑種犬のマド(メス、体重6キロの小型犬)。
【感染から快復までの大まかな経過】
7月21日に発症、その夕方にPCR検査を受け、翌日には陽性と判明。しばらく自宅待機していたが、発症から4日目にホテル療養に移り、同10日後に快復が確認され、ホテルから出所。帰宅。
では、これから時系列で私の経過を具体的にご報告したい。
私の場合、フェーズ(局面)は大きく3つに分けることができる。すなわち、
<第1フェーズ> 発症からPCR検査検査陽性発覚まで
<第2フェーズ> 家庭内隔離(自宅療養)期間
<第3フェーズ> ホテル療養期間
(発症した7月21日を「1日目」とし、以降、2日目、3日目と記す)
では、コロナ感染の旅へレッツゴー!!
<第1フェーズ> 発症からPCR検査検査陽性発覚まで
【1日目】
夜よく眠れず朝から体がだるい。眠いのに眠れず、首から後頭部にかけてもわっと頭痛がする。この直前に京都在住の知人が自宅で突然熱中症になり、救急搬送されたというツイートをしていたので、自分も「もしかしたら…」と疑う。
水分補給をしてもだるさが抜けない。この日はミャンマー語の対面レッスンがあったので、頑張って出かけるが、電車に乗っている途中で気分が悪くなり、断念して家に引き返す。横になっていたら、だんだん咳が出てきた。これは熱中症じゃない。もしかしたら……と心配になる。
なぜなら私は「辺境チャンネル」という有料オンラインイベントを主催しており、この日から三日後に次の回が予定されていたからだ。万一、コロナに感染していたらイベントをキャンセルしなければいけなくなる。
イベントを一緒に行っている友人二人に相談したら「熱は何度ですか?」「血中酸素濃度は?」と矢継ぎ早に訊かれるが、何も答えられない。体温計は長らく使用しておらず、どこにあるかもわからない。引き出しを探してようやく一つ発見したが電池が切れていた。さらに探して2本目を発見。やっと熱を測ったら平熱だった。
血中酸素濃度については聞いたことはあったが、そんなに重要なものだと知らず、パルスオキシメーターも持っていなかった。急いでAmazonで注文したが、到着予定日をちゃんと確認しなかったため配送に1週間かかるものを注文していたことにずっと後になって気づく。おかげで家にいる間は血中酸素濃度を測ることができなかった。
「早めにPCR検査を受けたほうがいい」と友人たちは言う。万一、陽性の場合、早めにイベント参加者に通知する必要があるからだ。かかりつけ医でPCR検査をしてくれるのではと聞き、自分のかかりつけ医に電話で問い合わせ。「熱がなければ診察できる」というので、自転車をぶっ飛ばし(まだ体力があった)、診療時間終了間際に滑り込む。
診察を受けたところ、先生は「熱もないし、肺の音もきれい」と解熱剤(鎮痛剤)のカロナールと咳止めを出して私を帰そうとする。「仕事で人に会わなければいけないし、家族もいるのでPCR検査をやっていただけないですか」とお願いし、やってもらう。
先生と受付の女性の二人が手袋とフェイスシールド付きの完全防護服で立ち会ってくれる。唾液を試験管のような容器に入れて蓋をするだけで5分とかからず終了。「ふだんは結果は明日わかるが、今は感染が拡大しているので明後日になるかもしれない」と言われる。
ホッとして帰宅。ベッドに寝ていると頭痛がひどくなってきた。熱を測ると37.5度。熱が出てきているじゃないか。咳もだんだん頻度があがってくる。喉は違和感があるものの痛みはなく、咳も口先の浅いところから出てくるような感じ。
夜はまだ多少食欲があり、ご飯を茶わんに半分とメンチの残りを食べて薬を飲む。だんだんふわふわしてきた。
妻は念のため、リビングにあるソファベッドに寝ることにした。犬もそっちへ行ってしまった。
夜はやはり眠れない。頭が痛く、気分も悪い。辛いのでミステリを読んで紛らわそうとする。
<教訓と感想>
・発症してすぐにPCR検査を受けた(受けられた)のは幸運だった。もしイベントが間近でなかったらこんなに迅速に動いてなかっただろう。PCR検査を受けないと保健所にも連絡がいかず、何も次の手が打てない。「怪しい」と思ったらなるべく早く近くでPCR検査を受けられる場所を探すべし。
・体温計とパルスオキシメーターは一家に一台必携である。パルスオキシメーターは今なら一台4千円〜5千円で買える。
https://amzn.to/3AgLfhO(Amazonのアファリエイトリンクに飛びます)
【2日目】
朝5時半ごろから熱がぐいーんと上がってきた。熱は上がるときが異常に辛い。マラリアにも似ているし、インフルエンザにも似ている。
熱は38.7度まであがった。食欲もなくなったが、薬を飲むためにコンビニの菓子パンを少しかじる。味はちゃんとする。咳も悪化していない。コロナじゃなくてただの夏風邪だろうと思う。ただ、ひじょうに辛い。頭痛がひどい。
とりあえず二日後に迫っているイベントを中止。
妻はスーパーへ行き、食材を大量に購入し、それを片っ端から調理。一体どうしたのか?と思ったら、「私も感染している可能性があるし、その場合、外に出かけられなくなる。だから今のうちに食料と作り置きおかずをできるだけ用意しようと思った」とのこと。私には考えられないほど先を読んだ行動である。
友人からLINEで「ポカリスエットは日頃甘いだけだが、病気のときに飲むと『神』だ」というメッセージ。妻に頼んで買ってきてもらい、飲むと、神ほどではないがたしかに美味い。水やお茶やジュースよりずっと喉を通りやすい。
熱は基本38度台で、カロナールを飲むと37度台に下がるという感じ。自分としては熱よりも頭の中で鐘楼が打ち鳴らされるような激しい頭痛が辛い。
(以下、8月6日、思い出して追記)
だんだん鼻がぐずぐずしはじめた。鼻水が出るほどでもなく、鼻づまりがひどいというわけでもないのだが、鼻で息をすると、鼻孔の奥の方から防虫剤のようなツンとした匂いを感じる。ひじょうに無気味だ。
(追記終了)
<第1フェーズのまとめ>
・ふだんから家に常備しておくべきもの→体温計、パルスオキシメーター、解熱剤
※解熱剤には大きく①NSAIDs(ロキソニンやブルフェン)と②アセトアミノフェン(タイレノールAやバファリンルナJなど)がある。感染症専門医である忽那賢志(くつな・さとし)先生に因れば、インフルエンザでは②を飲むようにと言われているが、コロナの場合はまだはっきりしたことはわかっていないらしい。できれば②、それが入手できない場合は①でもかまわないというのが暫定的な結論のようだ。(https://news.yahoo.co.jp/byline/kutsunasatoshi/20210306-00225993)
・熱・咳の症状が出たら、できるだけ早くPCR検査を受ける。まず、かかりつけ医。そこがPCR検査をやっていない場合はネットで自分の住む市・区・町内の病院やクリニックを検索する(例:府中市 PCR検査)。
<第2フェーズ>自宅療養/家庭内隔離(陽性発覚からホテル療養確定まで)
【2日目つづき】
午後4時ごろ、クリニック先生から「陽性でした」と連絡。「えーーっ!!」と叫んでしまう。「保健所から追って連絡が来るのでそれに従って下さい」とのこと。
コロナに感染したらどうなるか東京都のサイトで調べる。軽症なら自宅療養もあるが、基本的には入院かホテル療養になるらしい。
「出発の準備をした方がいい」と妻に言われ、旅支度を始める。私は35年以上にわたって世界中を旅しており、コロナ禍で海外へ行けなくなっても国内の短い旅はときどき行っているので、荷造りは慣れている。大型のキャリーケース(ショルダーストラップ付きなので、いざというときはザックとしても使える)にパッキング。
準備が終わると、これまでの経過をパソコンに打ち込む。あとでこれを書くかどうかはわからないが、少なくとも今きちんと記録をとっておかないと後で書くことはできない。プロのノンフィクションライターの習い性である。以後、体温や症状、薬の使用などをこまめに記録するようにした。
6時近かったと思うが、杉並区保健所から電話が来る。感染経路については訊かれず。もう経路を追跡する余裕はないのだろう。訊かれたのは発症二日前から発症までに会った人について。コロナは発症直前が最も感染力が高い(発症後は感染力がぐっと下がるらしい)。つまり、私がどこでコロナをゲットしたかは問わず、それより誰に移した可能性があるかに重点を置いている。移した可能性のある相手とはすなわち「濃厚接触者」である。
ちなみに後で東京都保健福祉局のサイトを見たら、以下のように書かれていた。
「濃厚接触者」とは、患者の感染可能期間内(発症日の2日前から、診断後に隔離などをされるまでの期間)に、接触した者の内、次の範囲に該当する人とされています。
1.患者と同居、あるいは長時間の接触(車内・航空機など)があった人
2.適切な感染防護なしに患者を診察、看護もしくは介護した人
3.患者の気道分泌液もしくは体液等の汚染物質に直接触れた可能性が高い人
4.その他、手で触れることの出来る距離(目安として1メートル)で、必要な感染予防策(マスクなど)なしで15分以上接触があった人(周辺の環境や接触の状況等個々の状況から患者の感染性を総合的に判断する)
(国立感染症研究所「積極的疫学調査実施要領」より)
https://www.fukushihoken.metro.tokyo.lg.jp/tamafuchu/shingata_corona/corona_sesshoku.html
幸い、この二日はほとんど人に会っておらず、どうやら私の濃厚接触者は妻だけらしい。
保健所担当者は「軽症なら自宅で療養していただく」と言うが、私が自宅にいると妻がエンドレスに感染のリスクにさらされるので隔離を希望。しかし、すでに感染者が増えているためすぐには行けないらしい。「明日までに病院とホテル療養のどちらにエントリーするか決めます」とのこと。また、濃厚接触者である妻については私が彼女の携帯番号を教え、保健所から明日直接そちらへ連絡が行くとのこと。
この日もそれ以降も保健所の対応はひじょうにスムーズだと感じた。1年半以上に及ぶコロナ禍でシステムが出来上がっているのだろう。もっとも、この後感染が爆発的に増えてからはどうかわからない。人員は限られ、陽性者が増えれば当然手が回らなくなることが予測されるからだ。そして、保健所による家庭内隔離についての指示は不十分だと思う。
保健所とのやりとりが終わると、今度は妻とやりとり。二つの大きな課題が浮上する。一つは家族の処遇、もう一つは家庭内隔離である。
<家族の処遇>
妻には明日、保健所から電話がかかってきて、それからPCR検査を受け、さらに結果を待たねばならず、陽性か陰性か判明するまでに二、三日かかってしまう。このタイムラグは当事者にとってはひじょうに長い。結果が出るまでは何も動けないからだ。ただ、陽性と陰性の2パターンでどうなるかシミュレーションはできる。
各家庭によって家族構成は異なる。うちは人間は他に妻だけだが、家族が多い家なら、「一人陽性で、他は陰性」とか「一人を除き全員陽性」、「大人は陽性で子供は陰性」「子供が一人だけ陰性」など、ひじょうに多くのパターンが考えられ、それによって家族のメンバーが今後どのように行動すべきなのか変わり、ひじょうに複雑化する。
うちの場合、話をややこしくする要素は「犬」である。ペットはコロナに感染しにくく、感染しても無症状もしくはごく軽症であり、人への感染も確認されていないという。だからその点は安心だが、妻も陽性になり入院かホテル療養になったら、マドをどうしたらいいのか。マドは異常なほど神経質な犬なので、動物病院やペットホテルには預けられない。猫とちがい、シッターさんに頼むということもできない。誰か知り合いでマドが慣れていて預かってくれる人はいるだろうかなどと相談。
<家庭内隔離>
初め保健所の担当者から隔離するよう言われたとき、「こんな広くもないマンションで隔離なんて可能なのか?」と首をひねった。保健所から言われたのは「陽性者(私)は寝室から出ず、タオル、コップ、歯磨き粉は別々にする。トイレと洗面所は私の使用後に消毒」などである。
妻は私と比べると生活能力がたいへんに高く、保健所のコロナ関連のサイトを読み、さらには彼女の友人でN大学に勤め日頃から学生寮のコロナ対策に従事している友人から隔離方法を伝授してもらい、それらをミックスした<コロナ陽性・家庭内隔離のルール>を作成。プリントアウトして渡された。
以下は陽性者(私)がやるべきこと。
① ベッドから動く前に、マスク&手を消毒する
② 部屋を定期的に換気する
③ 行動範囲は寝室、自室、トイレ、洗面所のみ(ドアを閉める・動線の固定化・共通タオル&歯磨き廃止)
④ 食事を搬入する時(コチラから携帯で連絡します)は事前にテーブルを除菌シートで拭いておく
⑤ トイレを使用したら除菌シートで拭く・換気は常にオン
⑥ 洗面所を使用したらハンドソープなどで洗面ボウルを洗い流す
⑦ ゴミ(特にマスク&ティッシュ)は個別にビニールに包み除菌スプレーしてからゴミ箱へ
⑧ 飲み終わった缶&ペットボトルは除菌スプレー(コチラで回収→水洗いしてベランダへ・集積場に出すのは1週間後)
⑨ 食べ終わった食器は除菌スプレー(コチラで回収→お盆ごとシンクに直行して速攻で洗う)
⑩ 着替えやタオルはビニール袋に入れて除菌スプレー(コチラで回収・洗濯機に直行)
⑪ 着替えや飲み物の搬入はドアの前に置き配スタイル
⑫ シャワー使用後は浴室全体を洗い流し、シャワーヘッドや椅子なども洗剤でシッカリ洗ってから出る
⑬ 使用済みバスタオルは、すぐに洗濯機で回す
⑭ マド(犬)を撫でる前に、マスク&手を消毒する
⑮ 希望や相談は、基本電話&LINEを利用
⑯ ゴミは二重袋にまとめ、除菌スプレーしてから廊下に出す
以上!!
お、多すぎる!! こんなのを一度に覚えるのは不可能だ。最初は飲み込めず、ご飯を食べ終わったら台所へずかずか入って食器を戻してしまったし(「入って来ないでよ!」と怒鳴られた)、手の消毒を忘れてトイレや洗面所をうろつき、後から自分が触ったとおぼしき場所を不慣れな殺人犯のように一生懸命探して除菌シートで拭いたりした。
とはいうものの、最初は不可能に思えたルール遵守もだんだん慣れていくいくから不思議だ。ポイントは二つ。一つは「自分が汚染物質であると自覚すること」。この原理原則がわかれば、とにかく自分は消毒してない手で何かに触れたりしてはいけない、妻と直接会話してはいけない、私の使ったモノも汚染されているので要消毒という具体的な対処が自然にできるようになる。
もう一つは消毒グッズ。役に立ったのは除菌スプレー。手はもちろん、使用済みの食器やゴミまでシュッとかければかなり消毒効果が期待できる。私は部屋から出るときはこのスプレーをポケットに入れるようにした。それ以外では除菌シート。トイレではスプレーよりシートの方が使いやすい。
食べ終わったら、食器やお盆を除菌スプレーで消毒
消毒後廊下に出す。衣類はビニール袋に入れてから出す。
マスクやゴミは個別にビニール袋に入れ、さらに除菌スプレーで消毒
(8月6日追記)この除菌シートはアルコール入りのため、ペットに使ってはいけません。ペットにはアルコール不使用のペット用除菌シートを使ってください!
除菌シートやスプレーはこれらを使用。
PCR検査の段階で妻がすばやく用意していた。
後で訊くと、妻は自分向けに以下のルールを追加していた。
⑰ 陽性者(私)と接触するときはマスク&メガネをつける
⑱ マドが寝室(私の部屋)から無菌エリアに戻ったら、ペット用除菌シートで全身を拭く
⑲ 玄関を出る前に手を消毒
メガネをかけていた方が裸眼より若干感染確率が下がるらしいとN大の友だちに聞いたのだという。万一飛沫が飛んでもメガネがカバーしてくれるということか。
結果的としてほぼ完璧に家庭内隔離ができたと思う。
<教訓と感想>
・コロナ感染は「確率」の問題である。どんな方法も百パーセントではない。だいたい、私が発症する前、妻とは同じベッドで寝て、私が作った冷やし中華などを食べ、一緒に酒を飲みながらべらべらと喋ったり笑ったりしていたわけだ。その時点で感染している可能性が高く、それなら今さらこんな念入りな隔離を実行しても無意味だということになる。でもそういう考え方はよくない。確率的には高くなくても妻がまだ感染していない可能性もあるのだ。その場合、隔離は陽性と陰性を分ける巨大な防御壁になるのだから、やはり頑張ってやるべきだろう。そして結果的に妻は陰性だったので、隔離を徹底した甲斐があったと考えられる。家族が陽性か陰性かで状態は恐ろしく変わる。家庭内隔離は決定的に重要である。
ペット用除菌シートで体を拭かれるマド。おとなしくしててエライ!
【3日目】
久しぶりに夜4時間ほど眠れたが、朝方に熱が上がり、38.6度。頭痛も変わらずに酷い。
イベント中止の告知に伴い、ツイッター上で陽性判明を公表。多くの人は感染しても公表しない。したとしても快復してからだろう。でももしできるならFacebookの友だちの範囲でもいいから公表した方が得策だと思う。なぜなら、コロナのことを知っている友人知人が連絡してきて、体験や有益な情報を教えてくれるからだ。
私の場合は、この二日後、友人が「実は私も陽性になってしまいました!」と連絡が来た。その後、この人とは陽性仲間として情報と体験を共有し、励まし合った。私が公表しなかったら、友人もわざわざ連絡してこなかっただろう。また、後になってからだが、万一妻も陽性の場合は「うちでマドを預かりますよ」と妻の友人からありがたい申し出もいただいた。
コロナ感染を公表するとあちこちから連絡が来て対応がしんどいと思うかもしれないが、私のところへはいくらもなかった。お見舞いメールやメッセージをくれた人も「返信はいりません」と書いていてくれた。多くの人は常識的なのである。
あらためて「感染公開(情報共有)は感染者と家族を助ける」と思う。
11時頃、保健所から連絡。妻が陽性だった場合、犬の問題があるので二人とも自宅で療養した方がいいのではないかと相談。すると、担当者はペット連れで入れる療養施設もあると教えてくれた。それに、自宅療養だと容態悪化の場合、119番に通報するしかなく、受け入れの病院がなかなか見つからない恐れがある。その点、ホテルなら病院と常時つながっているので安心だと説明した。実は前日は同じこの保健所担当者が自宅療養を勧め、私が隔離施設療養を希望したのだが、立場が全く反対になっている。おそらく、私が昨日の時点で療養施設希望を出したので、保健所もそちらにエントリーを決めており、「今からひっくり返すんじゃねーよ」と思ったのだろう。
整理するとこうなる。感染が急激に拡大している今、病院の病床もホテルの部屋も逼迫しているので保健所(あるいは東京都)としては極力、感染者を自宅で療養させたい。だが、現実にはホテルより自宅療養の方が重症化したときに病院が見つかりにくく、リスクが高い……というわけである。
私の場合は入院するほどではないので、ホテル療養にエントリーとなった。ただ、ホテルも混んでおり、明日は無理。早くても明日以降だという。その前に容態が悪化したらこちらへ電話すればいいんですか」と訊いたら「いえ、119番にお願いします」。
保健所の仕事はあくまで感染者の状況把握と病院・隔離施設との連絡であり、緊急時に何か対応できるわけではないのである。
もう一つ、保健所の担当者から聞いたのは「熱がひどかったら一日4回以上カロナールを飲んでもいいから熱を下げるようにしてください」。一日三回という規則だが、それを超えて服用してもいいということである。感染発症した私の友人(新宿区在住)も同じことを言われたそうなので、自治体を超えて、「熱を下げるためには鎮痛剤をガンガン飲む」ことを推奨しているようだ。
ただ、おかげで私の手持ちの薬はどんどんなくなっていった。
症状としては熱が38度から36度まで大きく不規則に上がり下がりした。頭痛はひどい。サンドウィッチにインスタントスープとか、カップラーメンのような軽い食事はなんとかとれるが、食べると直後にものすごい下痢に襲われる。この下痢が変わっていて、まるで下剤を飲んだかのようにシャーッと出るのだが、腹痛は伴わず、一回出るとあとはピタリと止まる。いろいろなサイトを見ると、下痢もコロナの典型症状のようだ。
<株の種類>
「感染したのはコロナのどの型?デルタ?」などといろいろな人に訊かれるが、クリニックでも保健所でもそんなことは教えてくれない。おそらく陽性が判明したあと、そのウイルスが研究所で分析されてどの株か判明するのだろう。そしてそれを感染者にわざわざ教えるような手間はかけないのだろう。ただでさえ人手とお金と時間が限られているのだから。
ただ、BBCで6月に掲載されたイギリス人研究者のインタビューを読むかぎり、私はデルタではないのかと思う。というのは、従来型のウィルスでは最も典型的な特徴が味覚異常だったのだが、デルタではほとんどそれが報告されていないというからだ。むしろ頭痛がひどいことが報告されている。まあ、それだけの材料で素人が判断できないが、デルタじゃないかなと思うのはそういうわけだ。
https://www.bbc.com/japanese/57479202
【第4日】
夜は眠ったり起きたりをくり返す。朝5時には37.6℃あったが、その後2時間ほどぐっすり眠り、汗びっしょりになって目が覚めた。病気が治ったかのような爽快な気持ち。このときは錯覚かとも思ったが、実際に熱はこのとき平熱に下がり、以降一度も上がらなかった。ただし、頭痛と倦怠感ははげしいので、このあと熱がぶり返してもいっこうに不思議じゃないと当時は思った。
(以下、8月6日、思い出して追記)
また、おかゆを食べるだけで異様に疲労する。食欲があっても途中で疲れて、食べる気がなくなってきた。
(追記終了)
妻は隣の部屋にいるが、会話はすべて電話である。最初は奇妙な違和感をおぼえたが、今ではすっかり慣れた。妻は今日の夕方やっと杉並区の区役所近くでPCR検査を受けることができるという。
私たちの話題の中心はもっぱら犬。ペット可の療養施設があるのはありがたいと最初は思った。動物が体調を崩したら獣医師のリモート診察も受けられるというのも手厚い。だが、よくよく考えれば、犬は外で散歩させたりトイレをさせたりできないし、部屋の中でもケージ(かご)に入れておかねばならない。最低1週間、長ければ2週間もその状態では犬にとって酷すぎる。さらに、その施設はお台場の海べりにあり、「防潮堤の外側にあるので台風の際は閉鎖される」とHPに記載されていた。
天気予報では明後日に台風8号が東京方面を直撃するという。では施設閉鎖? というか、今入っている人たち(と動物たち)は追い出される? 結局、ペット可の施設は入らない方が得策だという結論になる。
午後1時、初めて保健所ではなく東京都保健福祉局より電話。ホテル療養はこちらの管轄になるのだ。明日ホテル行きの予定だがまだ確定ではないという。確定の場合は夜に連絡が来るとのこと。ホテル行きに際し、必要なものを伝えられる(詳しくは後で記す)。
そしてこの日の夜8時、再び保健福祉局より電話がかかってきて、明日のホテル行きが確定した。「やったー!!」と何か偉業を成し遂げたかのような充実感に浸ってしまう。
<教訓と感想>
保健所と保健福祉局の対応はひじょうにきちんとしている。連携もよくとれている。ただし、前にも述べたように、感染者が激増すると対応が追いつかなくなる可能性が大。つまり、感染拡大期に感染するのは、非拡大期に感染するより二倍、三倍のリスクがあるということだ。
<第2フェーズのまとめ>
・熱がある場合は解熱剤をガンガン飲んで熱が続かないようにする。
・体温、血中酸素濃度を定期的に計り、記録する。咳、頭痛などの症状や薬を飲んだ時間なども記録する。症状の経緯がわかり、あとで医療機関で世話になるときに役立つ。
・家族に一刻も早くPCR検査を受けてもらう。
・家族のPCR検査の結果をシミュレーションする。
・家庭内隔離をしっかり行う。
・(杉並区の保健所によれば)自宅で容態が悪化した場合は119番にかけるしかない。
自宅隔離中の筆者
体調の経過
日常的に常備しておきたいもの
家庭内隔離で必要なもの
高野家で使われた「コロナ陽性・家庭内隔離ルール」
発症からPCR検査・療養に進む判断チャート
体の異常を感じPCR検査を受けて以降は、結果によって様々なルートが発生する。
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著者プロフィール
高野秀行(たかのひでゆき)
ノンフィクション作家。1966年東京都生まれ。「誰も行かないところへ行き、誰もやらないことをし、誰も書かない本を書く」をポリシーに多数の著書を発表。『幻獣ムベンベを追え』(集英社文庫)でデビュー。『ワセダ三畳青春記』(集英社文庫)で酒飲み書店員大賞を、『謎の独立国家ソマリランド』(集英社文庫)で講談社ノンフィクション賞、梅棹忠夫・山と探検文学賞を受賞。主な著書に『アヘン王国潜入記』(集英社文庫)、『西南シルクロードは密林に消える』(講談社文庫)、 『幻のアフリカ納豆を追え!』(新潮社)等がある。オンラインイベント「辺境チャンネル」も配信中。Twitterアカウント @daruma1021
高野秀行自著コメント付き作品ガイド
https://note.com/henkyochannel/n/n4d2976f36f52