高野秀行隊長、2020年辺境チャンネルを振り返る
コロナで暇を持てあました高野隊長をアル中から救うべく今年6月から始まった「辺境チャンネル」ですが、おかげさまで年内6回の配信(+α)を行うことができました。この度、「辺境チャンネル」の一年を総括すべく隊長である高野さんからメッセージが届きましたので、こちらnoteにて公開させていただきます。ご視聴くださったみなさま本当にありがとうございました。
コロナで白紙になった取材環境と、二人からの誘い
2020年は世界中の誰にとっても未曾有の一年になったと思うが、私にとってもそうだった。
まず、3月から4月にかけてイラクへ行く予定だった。「オール讀物」で連載している(現在休止中)「イラク水滸伝」の取材だ。すでに2回行っており、次がいよいよ最後の旅である。そして帰ってから連載を再開して、最終的には単行本として出版する──。これが2020年の予定であった。
面倒な手続きをクリヤーして無事イラクのビザを取得し、航空券も予約したところだった。突然イラク政府が「中国、日本、韓国からの渡航を禁止する」と発表したのは。パンデミックも初期の段階では東アジアが先行していたため、このような処置がとられてしまったのだ。
それにしても、あんなに危険なイラクから「おまえら日本人は危険だから来るな」と言われる日が来るとは思わなかった。まさに人生一寸先は闇である。
前述したように、今年はイラク水滸伝の取材・執筆をメインに据えていたのにそれが丸ごと吹っ飛んでしまったわけだ。また、5月から6月にかけて講演やイベントが6件入っていたが、それも全てキャンセルされた。打合せや飲み会は消滅しメール連絡も激減し、なんだか突然定年退職を迎えた会社員みたいな気持ちになったものだ。
「オンラインイベントをやりましょうよ〜!!」
本の雑誌社の杉江由次さんとAISAの小林渡(通称「ワタル」)が声をかけてきたのはこの頃である。Zoomというオンラインアプリを使えば、経費をかけずに、オンラインでイベントが開けるという。STORESというサイトを使えばチケット販売も容易だとか。
「高野さん、今仕事なくて困ってるでしょ? 原稿料も入らないし、このままだと酒浸りになっちゃいますよ。読者の人たちもみんなどこへも行けなくてストレスがたまっているし、きっと人気が出ますよ!!」
誰にとってもプラスであると、まことしやかな口調で言う二人だが、私は警戒心でいっぱいだった。
杉江さんとワタル。彼らの言葉を鵜呑みにするには、私は彼らのことを知りすぎていた。どちらも長い付き合いだ。
杉江さんと知り合ったのは『ワセダ三畳青春記』が2006年に酒飲み書店員大賞に選ばれたときだから、もう14年前だ。以後、『辺境の旅はゾウにかぎる』(文庫化されて『辺境中毒!』と改題)と『放っておいても明日は来る』『世にも奇妙なマラソン大会』『謎の独立国家ソマリランド』の編集を担当してもらった。特に『謎の独立国家ソマリランド』は私の本としては異例のヒットとなり、ノンフィクションの賞ももらった代表作となった。かくして、杉江さんは私が最も信頼する編集者の一人となっている。
2013年、『謎の独立国家ソマリランド』で講談社ノンフィクション賞を受賞。
授賞式会場にて杉江さんと。
杉江さんはおそろしく多才な人だ。なにしろ本来は営業なのである。というか本の雑誌社の営業部長だ(営業部員は一人しかいないけど)。でも編集もときどき手がけ、『本の雑誌炎の営業日誌』や『サッカーデイズ』といった著書もある。杉江さんは文章がうまい。特に家族ネタで泣かせる話を書かせたら、重松清か杉江由次かと言われるほどだ(by私の周囲の人たち)。さらに、今や直木賞にも匹敵する国民的な文学賞となった「本屋大賞」の発起人の一人であり、運営の中心人物である。本当になんでもできるのだ。
一方のワタルも「なんでもできる」では負けていない。彼はもともと私の古い友人の知り合いだったが、これまた15年ぐらい前、私のイベントのプロデュースを手がけたことがきっかけで親しくなり、私の公式サイトやブログを作ってもらい管理もしてもらっていた。彼は酒好きでもともとは酒造メーカーの営業職だったが、音楽と出版も好きだったためドレミ出版に転職。楽譜や音楽関連本を作っていたが、やがて独立して(有)AISAという会社を設立。ここで彼の異常な多彩さが爆発する。
ワタルは出版に関することはおよそなんでもできる。企画、編集、執筆はもちろん、写真撮影、動画撮影も得意なうえ、ITに強いので、印刷でもwebでもOK、NHK趣味の園芸テキストも作れば、ユーキャンで大日本帝国海軍のDVDセットの鑑賞ガイドも手がけ、邦楽のプロデューサーとして企画したリサイタルが芸術祭大賞も受賞したことがある。
中でも凄いのは西洋楽器・邦楽器を問わず、「ほとんどの楽器を演奏することができる」こと。彼は高校時代は吹奏楽部でトランペットを演奏し、大学では邦楽サークルで尺八を吹いていた。その後、ドレミ出版を経て音楽に対する知識や経験が深まり、どんどん楽器関係の雑誌や書籍制作の依頼が来るようになった。すると、毎回自分でその楽器を習って実際にある程度まで演奏できるようになってしまうという。ピアノ、ギターからサックス、三線、パーカッションまで何でも一通りはできる。器用にもほどがある。
器用な二人に足りない、たった一つのもの
この二人は十年ぐらい前に、私を介して知り合い、気づけばすごく仲良くなっていた。お互いに「あの人はすごい」と讃え合っている。仲良きことは美しき哉…とあくまで他人事として喜んでいた私だが、まさか彼らから一緒に仕事をやろうと言われるとは思わなかった。
「なんでもできる」とさっきから強調しているが、実は一つだけ彼らができないことがある。それは「カネ儲け」だ。
長年近くで見てきて心底感嘆するのだが、彼らは驚くほどに利益に疎い。ビジネスセンスを司るDNAが最初から欠落しているんじゃないかと思うほどだ。杉江さんは本屋大賞の仕掛け人として知られているのに、自分ではそこから一円も得ていない。会社としても本屋大賞の本を一冊作るだけでそれ以外の利益は入ってこないという。どうかしている。「僕はいいんです、いい本が売れてくれれば」って、全然よくないよ! 営業部長でしょ!といつも言っているのだが、先天的な異常なせいか気づく様子はない。
お金に対する不器用さはワタルも同様だ。彼は私と妻・片野ゆかの公式サイトとブログを作って管理しているのに、これまた一銭もお金を要求したことはない(私たちも払おうとしていないのだが…)。IT関係や何かわからないことがあると、とりあえずワタルに訊けば何でも教えてくれる。自分で知らないことは何でも調べて、ソッコウで教えてくれる。私たちだけでなく、ワタルの周囲にいる人たちはみんなそうやっていると思う。グーグルやスマート機器が登場する前から、「ググる」じゃなく「ワタる」という言葉があったかのように、「アレクサ」の代わりに「ワタル」と呼びかけるかのように、多くの人がワタルにいろんなことを訊いていた。もちろんワタルは無償でそれに応えていた。
かといって、二人ともカネ儲けに興味がないかというとそんなことはない。杉江さんはよく「ああやればもっと売れるのにもったいない」とか「版元が売る気がないんですよ」などと他人のことをくさしているし、ワタルにいたってはビジネス書を愛読し、私と一緒にいくつか新規ビジネスにトライしたことがあるが、いずれも撃沈している。私がブログをやっていた頃は「グーグルのアフィリエイトで絶対儲かりますよ」と言ってリンクを張っていたのだが、一円も入ってこなかった。私が売れなかった頃、「高野さんを売り出すもっとうまいやり方があるはず」とマネージメントをやってくれたこともあったが、効果はゼロだった。
要は二人とも恐ろしいまでの器用貧乏なのである。二人が仲良くなったのも同類相哀れむという感情から来るものだろう。で、話を元に戻すのだが、そんな器用貧乏界のメッシとクリスチャーノ・ロナウドみたいな二人から新規事業の話を持ちかけられた私が体を強ばらせたのもご理解いただけるだろう。
器用貧乏な二人が初めて一緒に仕事したのは2016年。
2017年のサッカー本大賞にノミネートされ、読者賞と優秀作品賞を受賞した
伊藤壇さんの『自分を開く技術』(本の雑誌社)授賞式にて。
それに私は彼らが想像するように、暇でもなかったし、仕事がないわけでもなかった。前からいろいろな出版社・編集者から依頼されていながら書く時間がなくて実現していない連載企画がいくつもあり、正直言ってあと3年ぐらい外国へ行けなくても仕事的には困らないないほどだったし、実際に新しく言語エッセイの連載を始めたりした。むしろ、忙しいくらいだった。
ただ、なんと言うのだろうか。海外の旅にも行けない、イベントもない、飲み会にも(自由に)行けない、会えるのは家族だけというのは、あまりに刺激に乏しく、つまらなかった。人の心は他の人とつながらないと死んでしまう。ましてや未曾有のパンデミック下で世間は鬱屈し、ニュースやSNS上ではギスギスした言葉が飛び交っていた。
そこへ「オンラインイベント、やりましょうよ〜!!」と、散歩に出かける前の犬みたいに嬉しそうな顔で二人が言う。その顔を見ただけで笑ってしまった。特段、何の利益もないだろうが、妙に楽しそうではある。そして、それこそが当時の私が最も求めていたことであった。
かくして、オンラインイベント、名づけて「辺境チャンネル」がスタートした。
盛り上がるキヨビーたちと、嬉しい誤算
始まってからは凄かった。三人でLINEのグループを作ったのだが、2,3時間スマホを見ていないと、いつの間にか「未読」が40を超えていたりするのだ。杉江さんとワタルがアイデアを出しあい、情報を交換し、異様に盛り上がっている。
あまりにチャットの回数が多いので、杉江さんにそう言ったら彼はこう答えた。
「いえ、高野さんに共有してほしいことだけ、あのグループチャットに書いているんです。僕とワタルさんが話したいことはあれとは別に直接メッセンジャーで送っていて、そっちの方がはるかにやりとりは多いですよ」
マジか!なんなんだ、この熱さは。
まるで学園祭を準備する実行委員長と副委員長みたいだ。しかもその二人は恋に落ちてる途中なんじゃないかと思うぐらい仲がいい。私は若い二人をそっと見守る仲人みたいな気持ちになった。
いざイベントが実際に始まると、この器用貧乏コンビ(略してキヨビー)による新規ビジネスは意外にも機能したのである。しかも1回や2回で終わることなく、準備の0回を含めてすでに6回も開催されている。
二人が常に両脇から盛り上げてくれるから口べたな私でも楽しく喋れるし、チャットで参加者のみなさんから反応がかえってくるのも面白い。
しかし、想定外だったのは、ちゃんと利益が出たことである。チケットは決して安くないのに、日本全国及び世界各地の読者の方々が参加してくれた。キヨビーが福をもたらすことなんてあるのか!? これは天からお金が降ってくるぐらい予期せぬことだったが、おかげさまで来年、私がイラクへ行って取材を行えるぐらいの額になった。
これも一重に参加者のみなさんとキヨビーのおかげだ。いや、利益があがった今となってはもはやキヨビーは失礼か。今後は本人たちの強い希望によりビジネスパーソン、略してビジパーと呼ぶことにしたい。
辺境チャンネルはいつまで続くかわからないが、来年もどうぞよろしくお願いします!!
辺境チャンネル隊長 高野秀行
辺境チャンネル年末年始感謝祭セールのお知らせ
支えてくださった皆さまに感謝を込めまして、12月29日から1月3日まで、過去の辺境チャンネルの録画配信を、すべて30%オフにて販売いたします。
まだご覧になっていない回がありましたら、この機会にぜひご視聴ください。
また、当初年内いっぱいとしていました視聴期限も、本と同様に、基本的に無期限で見放題としました。お好きなときに何度でもご覧いただけます。
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