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みんぱく映画会『The Path』

 はじめましての人も、
 前から知ってる方も、
 ごきげんよう。

 偏光です。

 国立民族学博物館は、
 月に一回くらいの頻度で、
 特別展関連作品の、
 映画会をやってくれる。
 (無料だけど要予約)

 『吟遊詩人の世界』展関連となると、
 二作品観に行ったよ私は。  

(文字数:約2800文字)


  『The Path
   ー パルバティ・バウル 風狂の歌ごえ』


ツボった3種の1

  『吟遊詩人の世界』展の中でも、
  特にツボった三種類、
  アズマリ、バウル、グリオのうち、

  バウルの映画を上映するとの事なので、
  そりゃ知って即予約しますよ私は。
  (※アズマリとグリオに関しても、
   本館で映像資料が常時閲覧可能。)

  会場は博物館本館2階のホール。

  予約はしてあるけど、
  入場整理券が配られるので、
  指定された時間に赴きます。

  以降は映画の内容と、

  上映後に行われた、
  監督の阿部櫻子さん、
  博物館准教授、岡田恵美さんの、
  対談の内容を元に再構成します。

  

映画が作られた背景

  インド美術を学ぶため、
  ベンガル地方の大学に留学していた、
  日本人の阿部櫻子さん。

  インドカーストでは最高位の、
  バラモン階級の娘さん、
  モーシュミちゃん(15歳)と、
  一年間共同生活をしてました。

  日本に帰ってしばらくして、
  久しぶりにモーシュミちゃんから連絡が。

  「私バウルになったのー。
   今の名前はパルバティ・バウルよ」

  いやいやいや。
  いやいやいやいや。

  それ絶対に有り得へんからーーー!!!

  「バウル」はベンガル語で言う、
  「気がふれた」が語源。

  カーストから離れ、
  家も故郷も放棄して、
  財産も持たず子供も作らず、
  師匠に従って修行しながら、
  神を讃える歌を歌う生涯を送る。

  阿部さんにとってもその当時、
  通学途中の電車内で見かけた、
  歌ってお金をもらう物乞い、
  といった印象しか持っていなかった。

  実際インド社会でも、
  女性のバウルは珍しい。
  バラモン出身のバウルなんて極めてまれ。


とは言え映画に撮ってみよう

  そんなこんなで20年。

  パルバティ・バウルは今や、
  押しも押されもせぬバウルの第一人者に。

  弟子も40人ほど受け持って、
  かつて通っていた大学がある地域に、
  バウルの学校も建てました。
  保存しないと廃れて消えていくからね。

  御要望があればどこにだって、
  外国にだって歌いに行っちゃいます。

  来日ツアーもやっちゃいますよ。

  日本で映像作家になった阿部さんとしては、
  それは映画にしたいよね。
  そもそもが大学時代からの友達だしね。

  

なぜバウルになったのか

  元々バラモン階級で、
  伝統音楽には日頃から接していたものの、

  通学途中の電車内にいた、
  バウルの歌声に衝撃を受ける。

  歌を教えて下さいと、
  頼みに行った最初の師匠は、

  「では私のために、
   五軒の家を訪ねて、
   お米をもらって来てくれ」と、

  アンタッチャブル、つまり、
  カーストにおける最下層の、
  家々の並びを指さした。

  ソイツは初手から物凄い、
  ボディブローをくらったよな。
  バラモン階級の娘さんが。

  家の前に立つと足が震えて、
  「これは、逆だ。
   私がお米をあげなければいけないのに」
  と思いそうになったけれど、

  それはエゴだと。

  「私はこの人たちを助けてあげられる」
  という思い上がりだと。

  家から出てきた老婆が声をかけてくる。
  「何バカみたいに突っ立ってんだい」
  「その……、物乞いに、来ました……」
  「だったら神々を讃える歌でも歌いなよ」

  神の御名は唱えたけど歌えない。
  だってまだ一曲も習ってない。
  それでも師匠の名前を言うと、
  お米を少しだけ渡してくれた。

  「まともな物乞いが出来るようになるのは、
   いつの事やら」
  と呟きながら。

  これは私は大変に、
  トータルで良いエピソードだと思ったので、
  長々と字数を使って書き写した。


修行は続くよどこまでも

  最初の師匠は7年間で7曲だけ。
  そして8年目に追い出された。
  「次の師匠を自分で見つけてこい」と。

  最初の師匠ほどのバウルには、
  なかなか出会えない中、
  ようやく見つけた人は90代後半。

  もちろん断られる。
  「女は役に立たない」と言われもする。

  しかし師匠から問答歌を教えられ、
  「これに答えられる者が、
   次の師匠だ」と言われてもいたので、

  歌ってみたら驚かれつつ答えてもらえた。
  最初の師匠と兄弟弟子だった。

  そして次の師匠はまた、
  一日に40曲以上教えてくれる。

  「どうしてこんなに一気に教えるんですか?」
  「私は100歳で死ぬからだ」
  じゃあしょうがない。

  100歳を迎えたある日、
  「よし。教え終わった。
   次世代に引き継いでくれ。託したぞ。
   じゃ」
  と言ってホントに亡くなった。

  最初の師匠も亡くなって、
  二人分の技術と意志を継ぐ事になった。


ショホジ(自然)に向かう道

  パルバティ・バウルとなった彼女が言うに、

  バウルとは、
  ジョホジに向かう修行をする者。

  例えるなら、
  暗闇の中でもご飯が食べられる状態。
  身に付いたなら自然と出来て、
  無理もしないし努力も要らなくなる。

  来日ツアーでは主に、
  お寺で歌う事を希望する。
  バウルは仏教由来の思想だから。

  とは言え御詠歌を習っている身からは、
  ルーツは確かに同一なようだが、
  随分と違った印象に感じた。

  高い山の上に登ったり、
  お堂の中に籠ったりせず、
  むしろ雑踏に出て行って、
  歌を歌っては米銭を乞う。

  御詠歌も
  「魂から声を出す」とか習うんだが、
  なんだかどうにも堅苦しくて、
  場を楽しくはさせづらいんだよなぁ。

  大阪では12月7日から、
  パルバティ・バウルの映画
  第二作目が公開されるそうですので、

  観に行きます。  


おまけのアドベントカレンダー

 子供の頃ならシティーハンター冴羽獠だが、
 今はすみっこぐらしの「とんかつ」だ。

 だって有り得ないだろう。
 アイツとアイツ直近の仲間たちだけが、
 本来「捕食される無機物」なんだぞ。

 思い付かれて製品化されるまでに、
 どれほど長尺の会議に掛けられたと思う。
 あるいは会議が紛糾し混沌とした末に、
 飛び出して居座ったキャラクターだ。

 面白すぎる。

 余談だが配偶者の方がハマっていて、
 配偶者は「ねこ」が好き。


以上です。
ここまでを読んで下さり有難うございます。

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偏光
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