【小説】猿の頭
2022年 第二回朝日ホラーコミック大賞原作部門
に応募した作品を、8月15日なので。
(文字数:約2000文字)
誰に話したとしても信じてもらえないばかりか、聞いたそのままでは受け取ってもらえないだろうと、推測できる話があり、そうしたものが怪談の原型になるのだろうと、私は思っているのだが、
猿の頭の干物、を見せてもらえた事がある。
まだ5、6歳くらいの時に。父方のおじいちゃんから。
干からびて縮み切っているとは言え黒ずんだ顔からは、シワ部分の細かい毛穴まで見て取れる。頭に貼り付いている毛は真っ黒で、少し開いた口元からはごく小さいとは言え、歯の並びも覗いている。
本当に「猿」か?
と子供心ながらに疑念が湧いたのだが、顔形から成体と思われるそれは、手のひらサイズの大きさであり、吊り下げられるように頭骨に穴を開けそこから紐も結び付けられている。
「干し首とか言わん? こういうと」
「そん言い方はじいちゃんにゃ、猿さんに、かわいそか失礼か感じのして」
首から上を切り取っておいてかわいそうも何も無い気はしたが、
「きちんと『頭』て言い置いてやりたか。生きておった間は、『頭』で働いておったとじゃけん」
猿だからと言って見下す思いは無いらしい事も、同時に知れた。
「どこで、どがんして手に入れたと?」
「ああ。南方の島々で、兵隊さんばやっとった時にな、○○島の人達と、たいて仲良うなってから」
あくまでも、おじいちゃん個人の話では、台風で壊れた家を直したり、水路を作ったりしてあげていると、大変に喜ばれて食事(素朴じゃったけども旨かったぞ)を振る舞ってもらえたりして、
地域で最も大きな家の主人からは、本当に気に入ってもらえたと言う。
「言葉、通じたと? 分からんかったとじゃなかと?」
「細かく分かりゃせんかったばってん何ぞ言いよる感じは分かるな」
しかし○○島から△△島への転属が決まった時、もう会えない事を伝えると地域中から嘆き悲しまれて、大きな家の主人からは、
「お守りだ」
と
「腰にでも結び付けて決して身体から放さないように」
と手渡された品がその、猿の頭の干物だという。
「じいちゃんも、断ろうとは思たとばってん、そん人に認められた、いっち良か若い男どんにしか渡されんもんじゃけんて、もろうてくれろて押し切られて」
その後△△島に移ったおじいちゃんは、軍事演習中に味方の戦車に轢かれる、という何とも珍しい事故に遭い、国の援助で治療も受けさせてもらえて(おそらく内密の処置だったと思うが80年近く経っているし確たる証拠も残っていないし知らない)、無事故郷に帰れた。
△△島は激戦地の一つになり、当時の仲間も部下も皆生きて戻らなかった事を考えれば、相当に運が良かった、と言うより、私も私の父も、生まれてすらいなかった。
その一方で○○島での仲間はその多くが生き残り、数年に一度集まっていると言う。
「ゆきこちゃん」
白内障が入り掛けて青みがかっても見えるようになった目の色を、私はやけに思えている。
「この先色んな話ば聞かされるじゃろばってん、本っ当のその時の、その場所には、そがんどころじゃなかもっと色々な話のあっとぞ。一人分でん一生掛かってでん、聞かれはし切らんごと」
それを聞かされた時点で私は、ある意味「聞く事」を諦めた、気がする。誰のどの話もおそらくは真実で、正解にはほど遠い。
「お父さんお母さんに、これば見せた事は内緒じゃけんな」
「話してん信じてもらわれんて思う」
「そうじゃろうな」
とおじいちゃんは、猿の頭をしまいながら微笑んでいた。
六十を過ぎてからおじいちゃんは、遺影を撮ったり辞世の句をしたためたりし始め、身体は丈夫そうだし気が早いと、周りからは笑い半分たしなめられていたのだが、
ある日農協帰りでバイクに乗っていた後ろから、トラックに追突され亡くなってしまった。
「猿の頭はどこにしまわれてあるとかな」
と口にした私に、父は
「ああ。あがんとは造りもんじゃろ」
と苦笑した。
「造りもの?」
それにしてはリアルだった気がするが。
「本物じゃったら大事ぞ。生首ばそがん、持ち歩けるもんな。上司から怒られるし衛生面でも問題のあろうで」
手のひらサイズだから上手くやれば気付かれもしない、と思ったが、父も実物は見ていないらしいと飲み込んだ。
呪いだと、実は島民から嫌われていたのだと、結論付ける人もいるかもしれないが、それにしてはおじいちゃんは集落で慕われ惜しまれながら亡くなったし、記憶に残っている猿の頭はおぞましい見た目ではあったけれど、悪いものだった気がしない。
「一人分でん一生掛かってでん、聞かれはし切らんごと」
おじいちゃんの言葉と同時に私の頭に入れ込まれた気もしている。