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お寺さんから志納返礼として念珠を頂きました。このお盆に仏さまに何をご報告しますか。 そして落合さんの「音声書き起こし文章」をプロンプトに使用した会話からの生成。私好きなんです。このLLMの使い方。
お盆ですね。
昨日、弟夫婦と姪が、墓参りをしたあと訪ねてきてくれました。
本当に久しぶりに会えて、嬉しかった。
お寺さんから、本堂の補修工事、庫裡新築での志納の返礼として、古い本堂の柱から作った、念珠を頂きました。
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こういうものを手に取ると、心がほっと落ち着くのはどうしてなのでしょう。
頂いた念珠の話を書こうと思ったのは、今日の落合さんのnote。
法要の本質が単なる儀式ではなく、仏様への「報告」であることを説明。
- 参加者一人一人が心の中の仏様に対して報告することの重要性を強調。
今の時代の、「仏様との向き合い方」とはどういうものなのでしょう。
子供の頃、祖母が般若心経をあげていた記憶があります。
毎日、お供えの飯とお水を上げていました。
私も毎日のようにお供えしていた時期があります。
そんなとき子供なので、お供えしたあと「おりん」を鳴らし、少し「拝む格好だけ」する(笑)。
そんなことをこのnoteを読みながら思い出しました。
そうなんですね、手を合わせるときは、心の中で仏様に対して報告する。
墓参りのときは、そうしていたように思います。
今は家に仏壇もなく、仏様に手を合わせることも出来ていない。
お墓参りも出来ていません。
うーん、やっばり少し寂しいかな。
話は変わるのですが、さきほどの落合さんのnoteと、昨日のこのnote。
どちらも「音声書き起こしの文章をプロンプトとして使用した、LLM(大規模言語)のAIとの会話」になってます。
そして落合さんのこの方法を、私が初めて見たのは、このnoteの中にある、ChatGPTのログで。
初め、何をプロンプト入力しているのかがよくわからなかったけど、この動画の文字起こし。
これを見たとき、LLMの面白さというか、特徴の一端を見た気がしました。
そして今回の有料部分。すぐに「あっ、文字起こし!」と解りました。
『落合陽一の現場録』。
今回の配信では、2024年7月24日から8月22日まで、大阪中之島美術館にて展示されている醍醐寺 国宝展 関連展示「滑らかなオントロジーと共鳴するオブジェクト:物化する計算機自然・微分可能存在論における密教世界」の現場設営に密着した様子。
ここで撮った音声を文字起こししているみたい。
思わず、「うふっ💛」と笑ってしまった。
(ちょっと変?)
いや、好きなのです。この音声認識の、余分な語句や誤字脱字、何言ってるのかも良くわからない箇所もあるのに、この分量で、やはり落合さんがちゃんとしゃべっているから、そこから意味を生成していくLLMの面白さ。
少し誤解釈している部分などを、落合さんがプロンプトで指摘していくと、この「オブジェクト指向菩薩」の解説文になりました。
また、醍醐寺仲田順英執行のこの法要の意味についてのお話が興味深いです。
私もいつか、オブジェクト指向菩薩さまに会いたい・・・。
落合さんが言うところの「オブジェクト指向」について、まとめてみたnoteです。