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「つながりの学習」(Connected Learning)とは。世代も地域も越えられたら・・・。

今月の「JOI ITO 変革への道」Podcastのお便りテーマは「気づき」。
私が昨年春から参加しているJoiさんの「変革コミュニティ」で得た気づきは本当にいろいろとあります。

私自身にとって一番大きな気づきは、

Connected Learning

日本語では「つながりの学習」と翻訳。

オンラインでの学びは、つながりを生み、好奇心を引き出す。


私がDiscordコミュニティに飛び込んだ理由は、外出が不自由であるために、地域の人ともコミュニケーションを取ることが難しいこと。
そして何より自分の好奇心を満たす「学び」に、どのように繋がればいいのかが、全く解らなかったから。

インターネットが発達した今、ネット上には「自分で学ぼう」と思えば、
いろいろなコンテンツやサービスがあります。
自分なりに興味のある本や動画などで知識を得ることは出来ます。

でもDiscordコミュニティに参加し、テキストチャットで自分の思っていることを発信したり、メンバーと会話すること、メンバーが体験していることを聞くことが、こんなにも自分の学びの意欲を強くするものなのだと気づいたのです。

問題意識を共有していたり、共通の楽しみを持つ人との繋がりは、自分の学びへの意欲を増します。

そして何より多くの人が集まれば、情報が集まるのです。
お互いの「スキルや情報を共有する」ということの大切さを学ぶ。


教え合うことで、コミュニティ全体のスキルが上がる。
するとまた自分の「やる気」も出て来る。

還暦を迎え、学びの場というものには学生時代以降は参加したこともない私のような人間にとって、昨年春からの一年半は、人生最大の学びと成長が出来た期間となりました。
少し「大袈裟」に聞こえますか?
でも私にとっては、そうだったのです。

この体験が出来たのは、一応パソコンを使えたことと、自分の好奇心を少しずつ積み上げてきていたこともあると思ってます。

でも一番は、やはり「人と繋がる」ということ。
そして学んだことをアウトプットしなければ、学びが進まないということを実感しています。

「学ぶ」ということは、「生きる力が身に着く」ということでしょうか。
変化が激しい時代を、せっかく生まれてきた「人間という希少な生物」(笑)として、楽しく生きることさえ出来ればいいんだと思っています。

そのためには人と繋がって楽しく学ぶ。生きるための知恵をつける。

母も、私たち姉弟が社会人になってからボランティアを始めて、地域に繋がっていきました。
ボランティアをつ通じて新しい学びもあるようでした。
常に手作りの作業をしながら「自分のもんは作ろうと思わんけど、人に喜んでもらえるなら作れるなぁ」と笑っていました。

確かに「誰かのため」と思った方が、やる気が出る事柄もありますよね。
自分の「好き」や「特技」が誰かのために役立つとき、学びもあれば、気力も生まれる。
そんな循環が自分にあれば、助けてもあげられるし、助けてももらえる。

どうしようもない時に、「助けてもらえる」という確信があれば、人は他人にも優しくなれるのかも。


そして今、不安定な世界を悲しい気持ちで見なければならないこんな時、
世代も地域も越えて「学び」で繋がることはできないものかと思うのです。


ハロウィン🎃かぁ・・・。
どんないたずらしようかなぁ・・・・・。



自閉症スペクトラムの人々が抱えるコミュニケーションの問題を技術の力で解決しようというCassell博士のプロジェクト。協力し合ってコミュニケーションを確立することに困難があるこどもたちが、バーチャルチルドレンが相手であれば協力しタスクを遂行することができるというもの。

バーチャルチルドレンはゆっくりとわかりやすく話し、相手のことをちゃんと聞いて受け答えをしてくれるので自閉症スペクトラムのこどもでも協力関係を築きタスクをこなせるようになったというのがその理由とか。

しかも、それだけでなく、自閉症の子どもたちがAIを操作する立場に回った場合は、健常者とも協力関係を構築することができるようになった。

それは、AIの操作という行動を通じて、相手にどういう影響を与えるのか、どういう質問を投げ掛ければ、相手から物語を引き出せるのかを考えるようになれたから。つまり、自閉症が苦手とする「相手の立場に立って行動する」行為が、やり方を工夫するだけで可能なことがわかったということなんです。

小さな工夫をするだけで職場のコミュニケーションが円滑になるのであれば、ニューロダイバーシティ実現のためになにかができるのかもしれない...そう思えたプロジェクトでありました。

しかし、収録時にJoiさんの意見を聞いてまたまた考えました。そもそも健常者のものさしでコミュニケーションや職場環境を考えるのではなく、「どんな考え方や感じ方を持つ人であっても、それぞれが生き生きとコミュニケーションできること」を実現することを考えるということも同時にきっと重要なことなのだなあと。

もしかするとJustine Cassell博士の考え方に基づいて、私たちがコミュニケーションのちょっとした工夫で円滑になる現実を知り、今度は私たち自身が当事者の立場になって考えることが重要なのかもしれませんね。ニューロティピカルの意見を押し通すのでは、なく...。

なかなか根深いニューロダイバーシティ問題、来週も続きます。

JOI ITO変革への道#25より





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