朗読台本「あなたを象るもの」
1 「あなたは花」。
生まれたときにそう言われた。
だから、わたしは花をしている。
2 季節がめぐり、人なみの顔いろとともに花びらの色はうつろい、わたしは過ぎ去った年月のことを思う。芽吹いて、咲いて、そして散った花びらの枯れゆくさまを眺めながらわたしは問う。花にかたちはあったのだろうか。
3 同じ時に生まれ、まだ散ることのないあの花と、そして、欠けて戻ることのないわたし。暖かな陽の光に守られていたあのころと、そして、アスファルトに覆われた街並みで雨に打たれつづけるわたし。のこり一枚になった花びらを守りながら、わたしは思う。たった一枚の花びらでも、わたしはまだ花なのだろうかと。
4 そうしてのこりの一枚がまもなく散ろうというとき、生まれたときのあの声がした。「花。わたしたちのかわいい花」。はじめから、花にかたちはなかった。わたしは花。どんな姿になっても、わたしは、あなたたちの花。
5 雨が止み、長く厳しい冬が過ぎ去った春の窓辺で、わたしたちは、「あなたは、わたしたちの花」と、生まれる前のあなたに呼びかけた。
2018年11月投稿を再掲
2020年6月改稿
Hemi