凪はこんな人(だと思う)
【あわせて読みたい:これは短編「愛を犯す人々 番外 啓志郎」の付録です。読むと二度美味しくなる裏設定を、全部載せでお届け。ビビッと来たんです、アレを持ってる人・凪、滝本と凪の純恋、助けて啓志郎、凪の好きなもの。他】
「東大美女図鑑」を見てください。一人、凪っぽい子を選んでください。
以上です。
というところで私は全て語り尽くした気持ちでいますが、書きます、ご安心ください。
凪は、美人です。身長は少し小さめなのかな、160ギリないくらい、華奢で、白くて、木漏れ日の下の翳りのある透明感、という表現がとても似合います。睫毛が長すぎて、胸に顔を乗せてもらうと、瞬きする睫毛がこそばゆい。髪は猫毛で、鎖骨あたりまで伸ばしてます。染めてないがゆえの、ぞくっとするような、亜麻色を煮詰めたような色味です。パーツパーツこの調子で褒めてもいいんですが、紙幅の都合で割愛します。悔しい。
そうですね、凪は美人は美人なのですが、よく見ると造作的な絶世の美女というわけでもない。なのに、どうしても、抗いようなく、美しく見えるんですね。だいたいの男性は、やる・やらない判断はおいといて、とりあえず、イチコロ。魂の美しさのようなものを表現するとしたら、それは凪の美しさによって形容することができるでしょう。
そうなんです。皆さんの周りにはいないでしょうか、妙に欲望の声の通りやすい人。私は「アレを持ってる人」と呼んでますが、その人が何か言うと、それを叶えようとする誰かが必ず現れる人のことですね。凪はアレを持ってる人。生誕直後から、色々な人が凪をそうと自覚しないまま愛してきました。集団の中では何もしなくても必ず大事にされ、色々な悪意や事故から絶対的に守られて、困れば必ず助けられ、足りないと言えばどこかから必ずそれがやってくる。「見返りを求められずに与えられ、それを微笑んで受け取る」のド真ん中で生きてきた凪、大学入学後も絶賛この感じは続いています。彼女は欠席時のノートに困ったことはないですし、財布を忘れて出かけても、どうにか家に帰ってこれますし、並んでうんざりしていれば順番を譲ってもらえますし、自分以外の人がいる時に宿題の類のメモを仔細に取ることはない。ちょっとくらい人間関係上ありえないことをしても、なぜか誰も咎めません。独占欲に逆らえない男には、嬉しくないわけじゃないけど、そういうのは、好きになれないな? といえば、それで万事解決、身勝手を言っても、よろず、凪の思い通りに叶います。凪にはロト6を1口買ってみるという経験が3回ありますが、5等、4等、5等で3回すべて当たりでした。…だんだん、分かってきましたか?美人だからというだけでこうはいきません。言霊が乗ってる人とか、ドラゴンが選ぶお姫様という感じです。とにかく何か持ってて、みんな、それがほしくて、何かを与えてしまう。宝くじでさえ。何も、もらえないのに。
で。ここからが凪っぽいところなんですが、凪自身は努力家で、目標に向かって選択と集中をすることに躊躇しないタイプ、周囲に頼って生きようという気があまりありません。オシャレなんかも、鏡に映った自分が綺麗な方がいいからするんで、全然媚びてない。でも、なんとなく隙と色気はある。それでみんなイチコロになるのですね。凪は「したい」「ほしい」とは言いますが、「してください」「お願い」とは決して言わないです。できないという答えが返ってきても、困ったりしない。ただ、あ、そう、と言って目の前から立ち去ります。それだけ。こういうところが、女子連からも愛される秘訣なのかもしれないですね、男がいないとダメな体なんだけど、男に頼ってるわけではないところ。そうなんです、凪は女子からも、なにかとちやほやされるんです。強調します。何もしてあげないのに…! ね、いるでしょう、こういう人。
啓志郎とのやり取りの中に見え隠れするように、凪は凪で賢く、孤独で、手応えのない人生を歩んできてます。凪は簡単には恋に落ちないし、好きになりません。色々、探してみたけど、やっぱり見つからずに今まで来てます。なぜなら、彼女の方が大抵の場合、賢いために、彼女に振り回される相手を振り回すことに、すぐに飽きてしまうから。好きかな、って思うけど、ストーンと飽きますね、だいたい。だけどそこに、…。
ん?
なんか忘れてる気がしてならないな…。
西田かぁぁぁ。先にやっつけときましょう。そう、凪には悪いけど、完全にハズレだったようです。たまにありますよね、あれです、ちょっと書くもの、と思ったら普段使ってるシャーペンなくて、まあいっか、ってボールペンで書こうとするんだけど、インクの出が悪くてイライラ、なんでこんなのがここにある?!ってゴミ箱に放り込むこと。凪にそれが起こったのは可哀想ですが、そういう事故もまあ、数をこなしてれば、ありますって。啓志郎もそこは汲んで、何にも言いません、だって本丸は、その凪の苛立ちを自分よりも早く鎮めに行くことができた、滝本ですからね。
さて気を取り直して。いま、凪は大学二年の秋を生きていますが、夏季集中授業、少人数向け仏文学購読で一緒になり、秋季からはマクロ経済学と国際関係論で一緒になってるのが、滝本です。第二・第三外国語の選択は凪と同じ中国語・仏語、学部は人文社会系。182の背丈、優しくて深い声をした、稀に無精髭の日がある、明るい性格の男の子ですね。1年の時数回、二人は同じ授業を取ったことがあるのですが、大人数で、凪は気づいてなかった。滝本は実のところずっと見てましたが、凪がそれを知らないと悟った滝本は、気持ち悪いと言われるのを避けるために、言ってません。こういうところ、ちょっと啓志郎と被りますね、凪にもタイプがあるんだろうな。
秋季開始直後のある日、大学から駅まで出る薄暗い夕方、点滅し始めた信号を見て、滝本は一大決心をし、凪の手を初めて握って横断歩道を走って渡りました。それがきっかけです。遡ること1年半と少し前、凪と目があっただけで凪の雰囲気を感じ、その夜、凪のバイト先のカフェに遊びに行ってふわっと連れ去った啓志郎に比べると、滝本と凪が横断歩道をわたるこの時間の、なんと尊いこと。何かにつけてソツがなく、洞察力があるうえに勘までよく、軽さと重さの緩急を心得た啓志郎、と比べると、滝本は不器用で、力みがち。でも、夏のバイト代を全額、高級旅館の温泉旅行に費やしたり、家に遊びに行くと手作りのケーキに美しい食用花を飾って迎えてくれたり、凪が苦しくないようにプルプル震えながら上に乗ったり、可愛らしい必死さがとても素朴で、それくらいなら凪は「悪い気はしない」くらいで止まるんですが、滝本はこのうえめちゃくちゃ音楽と文学に詳しく、映画の学校にダブルスクールしてて、ちょっと撮ったショートフィルムを恥ずかしそうに見せてくれる、この作品が、ものすごく透き通る感じに、寂しい。滝本が凪に見せている純朴さと、滝本の知識と趣味の複雑さの絶妙なハーモニーに、凪はいま、とても、惹かれています。勉強も教えてくれるし、ね。滝本はええカッコしいなので、凪と一緒の授業はめっちゃ予習して臨むんですね。凪はそういうカッコつけたところも、嫌いじゃない。カッコつけなくてもできてしまう啓志郎の軽さが、ここでもなんとなく、浮いてしまいます。まあ、できてしまうというか、してるだけなんだけどね、ほんと、すべきことを、すべきように、ただし計算ずくで。
啓志郎にしては珍しく、滝本のことを思いつかなかったのは、啓志郎自身もぎょっとするほどの珍しい計算ミス。凪がまさか啓志郎に何も話さずに静かに恋を育てているとは思わなかったんですね、なぜか。なぜか? もちろんそれは信じたかったからですが、どうして、何を信じたかったのかは、啓志郎は分かりたくないでしょうね。
西田事件の日、そろそろかと思っていた滝本が、もうずっと前から凪を味わっていることに、ようやく思い当たった啓志郎と、自分で隠しておきながら、寂しさを感じたまま啓志郎と会っていた凪。いっそう激しく燃える二人の求め合いと、もう橋を渡せないほど深く遠くなる、二人を隔てる距離。ほんと、二人とも、身勝手で、依怙地ですねえ。
という次第です。このように、凪を傷や怯えからは一切守らず、ただ奔放に自分を与えるだけの啓志郎に対して、滝本は、凪を文字通り宝石のように、傷ひとつつかないように守る決心でいま、頑張っています。
でもね。
滝本はこれね、ダメなんですね。これは、恋だから。
凪は自分が滝本を好きでいることが、内心、とても不安。滝本が一人暮らしなので、滝本の部屋がミニマルでベッドがダブル(滝本もまた「選択と集中」型です)なのを理由に、凪はまだ自分の部屋には、滝本を呼んでません。だって、恋は、終わります。その先に何かはあるかもしれない、でも、必ず終わる。凪は自分の恋心が、怖い。好きになって、好きじゃなくなって、また別の誰かを好きになって、好きじゃなくなって、そんなことをこの先、凪は繰り返していくだろうと思うのですが、終わらない終わりの連なりに、21を過ぎた凪はいま、溺れそうになっています。そこに浮き輪を持って泳いで来て、海岸まで連れ戻してくれる男、それが啓志郎、という構図になっています。でも啓志郎は啓志郎で、浮き輪なんですよね、溺れた時だけ、あるいは浮かんでいたい時だけ、あればいい。ないと命を落とす危険だってありますが、陸でまで持ち歩く必要は、ないんです。
ないんです。
はい。なんか、湿っぽくなっちゃいましたね。いつも通り、明るく締めましょうか。
凪の好きなもの。滝本と夜も朝もセックスして、授業に行っていちゃいちゃして、バイトのあと啓志郎と夜セックスして、翌朝起きると啓志郎はいなくて、冷蔵庫に好きな味のゼリーとかが静かに買い足されてて、快晴で、滝本からメッセージがきてて、そんなふうに始まって、ああ、セックスしたいって思わない日って爽やかだなぁと思う一日。滝本が恥ずかしそうにアコギを弾きながら歌う、全然知らない誰かのバラード。の、歌詞に込められた、滝本の優しさ。下北沢と、表参道。暗い生活はコメディにして乗り切ろう系のドイツ映画、生きるのは痛くて悲しくてでもちょっと明るい系のフランス映画。生協の書籍部で啓志郎とばったり会って、どっちからというわけでもなく、上ずった調子でたわいない雑談をしながら人のいない区画の自販機の陰を探して、たっぷり、ものすごく激しくする、キス。壁にもたれかかる滝本の体にすっぽり収まって、滝本が選んだ音楽を聴きながら、滝本の指を撫でる夜。夜、部屋に一人でいる日に、滝本と啓志郎とするセックスを想像すること。なんとなく空いて、誰かに連絡しようかなって思う時に、連絡先の選択まで行くんだけどホーム画面に戻る、のをみていた視界に、少しのあいだ残っている、啓志郎の名前の、残像。
以上です。
本篇は、こちら:
啓志郎は、ここにいます。:
今日は明日、昨日になります。 パンではなく薔薇をたべます。 血ではなく、蜜をささげます。