口が悪くて嘘が大嫌いな聖少女だった前世のお話
前回お話しした醜い女性だった過去世を見たあと、数日の間、私は彼女が自分の中にいるのを感じていました。
「生きているだけで幸せ」
そんなふうに達観することはさすがにできませんでしたが、彼女も確かに私の一部なんだと感じることで、今まで心の深いところに沈めてきた思いを、ひとつずつすくいあげはじめることができました。
3週間ほど時間を挟んで、私は次のセッションに臨みました。
前回のセッションまでは、過去世やそれをとりまく状況、また感じたことなどを、現世の自分の意識が言葉にし、セラピストに伝えていました。
ところが4回目のセッションで、過去世の自分が、今の自分の中から言葉を選び、私の口を使って話すようになりました。前世療法のセッションに慣れてきたせいかもしれませんが、これもまた、新鮮で楽しい経験でした。
※※※
石造りの建物の中に、私は立っていました。
私は若い女性でした。伸びやかな手足は大人びいて見えましたが、立ち振舞はどこか幼さを残していました。
建物の中はとても静かでした。通路や部屋を区切るように薄い布がかけられ、かすかに風に揺れています。贅沢な調度品や装飾はありませんが、清潔で、よく整えられた空間でした。女性が数人、部屋の隅などに控えているようですが、私に声をかけるでもなく、また女性たちだけでおしゃべりをするでもなく、物音すらたてないようにしているかのようでした。
私はエジプトの壁画に描かれた女神のような衣装を着ていました。他の女性たちも同じような格好をしており、私のもふくめて、簡素ではありますが、とても清潔なものでした。
左手に大きな窓があり、空が見えました。
空はペンキを塗ったように、真っ赤でした。
「窓の外で何が起きているの?」
セラピストの言葉に、過去世の私が、私の口から返事をします。
「わからない。誰も教えてくれないもの」
見た目よりも、ずいぶんと幼く感じる口ぶりでした。
ここからは出してもらえない。何が起きているかも教えてくれない。
「ここは清潔よ、馬鹿みたいに清潔!私は聖少女なんだって!馬鹿ばかしい!私にはなんの力もないのに!」
女性は悪態をつきながら、状況を説明しました。
幼い頃に聖少女に選ばれて、両親と引き離されたこと。聖少女は神官が神託を受けて選ばれること。
普段は建物から一歩も出ることができず、世話をする女性たちは口をきいてくれないこと。また、女性たちはすぐに入れ替わってしまうため、親しくなることはなかったことなど。
「私は聖少女だから、けがれちゃだめなんだって!だから、何も教えてくれないの。私がここにいることでたくさんの人が幸せになれるのなら別にいいけど、私、本当に何もできないのよ?馬鹿みたい!」
神官たちと会うこともあるが
「あいつら大嫌いだから、顔なんか見てやらないの」
とのこと。
「私は何もできないの。神様の声なんか聞こえない。ご神託を受けるのは神官だけよ。じゃないとあいつら威張れないじゃない?
あいつら神様をかさに着て、嘘ばかりついて、威張り散らして!本当に大嫌い!
神様はそんなことを望んではいないわ!」
怒りながら悪態をつく“聖少女”に、セラピストが尋ねます。
「じゃあ、神様は何を望んでいるの?」
“聖少女”は慎重に言葉を選びながら、言いました。
「その人の人生を生きることよ」
上手く言葉を選べたという手応えがあり、嬉しいという感情が私の中に広がりました。
場面がかわり、私は薄暗い部屋で小さな瓶を渡されました。
中に入っているのは毒です。
次の聖少女が決まったので、私は汚れのないまま命を終えなければいけませんでした。
次に来る聖少女を気の毒に思いながらも、私は
「馬鹿ばかしい」
とつぶやいて、毒をあおりました。
魂の存在となり、死後の世界に降り立った私は、ぱっと表情を明るくしました。
「ここは嘘がない!私、ここ好き!」
セラピストの誘導が入り、死後の世界で神官たちと対面しました。
ところが、神官たちの目は眼球がなく、ぽっかりと穴が空いていました。開かれた口にも歯や舌は見えず、やはり真っ黒な空洞でした。
「空っぽだぁ!」
私はおかしくて仕方ない、という口調で言いました。
「そうか、ここは嘘を持ってこれないから。こいつら嘘ばっかり詰め込んでいたから、空っぽになっちゃったんだ!」
私は好奇心の塊になって、矯めつ眇めつ、神官たちを見ました。
「じゃあ、塵にして、飛ばしちゃおうか?」
セラピストの提案で、神官たちを塵にして風に飛ばしました。
塵が消えてゆくのを見送りながら
「でも、またどこかで会うよ」
私はつぶやいていました。
ここで場面は、唐突に最初の窓辺に戻りました。
窓のむこうには、青い空が広がっていました。
※※※
この前世の私は、本当によく喋りました…
よほど言いたいことがあったのか、それとも鬱憤が溜まっていたのか。セラピストが上手く誘導してくれなかったら、ずっと喋っていたんじゃなかろうか、と思うくらい喋りました。
不当な扱いをうけ、身近な大人であった神官たちを軽蔑し、理不尽な死を押し付けられた人生でした。
聖少女というよりは生贄だったんじゃなかろうか、と後になって思いました。
彼女は好奇心旺盛で子供っぽく、嘘が大嫌い。怒りを持ち続けてはいましたが、恨みつらみという感情は持っていませんでした。
なにより、毒をあおりながらも、どこかで自分は自分の人生を生きた、という自負を持っていました。
とても不思議な過去世でした。
※※※
このセッションの後、私は自分自身についている嘘と対峙することになりました。
当時の勤め先は割と規模の大きな組織でした。福祉施設ではありましたが、運営の数字に関わる部署でもありましたので、理想や善意は飾り物程度のものでした。
セッションの翌日、私は出勤のために朝のルーティーンをこなしていましたが、めまいのようなものを感じて、ソファに横になりました。胸やお腹のあたりに不快感があり、貧血に似た、くらくらするような症状がありました。
私は
「彼女が暴れている…」
と感じました。昨日の“聖少女”が、仕事に行くのを嫌がって、私の中で暴れているように思えたのです。
私は動けないことはなかったのですが、車通勤だったため、その状態で運転するのは無理がありました。
いつもの家を出る時間になっても収まらなかったら、勤務先に連絡を入れなければ、と時計を気にしながら、身体を休めていました。
ふと、眼裏に、ずんぐりとした鳥が木の枝にとまっている様子が見えました。
なんだ?と思いながら、私は心のなかで手を伸ばしました。私の手が触れる寸前に、鳥は私の身体の中に入り、
どすん
とお腹に落ちました。
同時に、めまいと不快感が収まりました。
時計はちょうど出勤時間をさしていました。
どうやら鳥が”聖少女”を押さえつけてくれたようでした。
彼女は職場が嫌いなのか、それともそこで働く私が嫌いなのか。
彼女と統合してゆく中で、私は私についている嘘をひとつひとつ洗い出してゆくことになります。
※※※
順調に変容をしてゆく一方で、私にひとつの問題が生じはじめていました。
セッションを重ねるうちに、私は自分が変わってゆくことに高ぶり、もっと変わりたい、もっと先に進みたい、と焦るようになっていました。
急激な変化は、反動を生むものです。
次回のセッションで、私は身を持ってそれを知ることになります。