なぜ地域公共交通会議とは別に運賃協議会が必要になったか
2023年の地域公共交通活性化再生法改正と合わせて行われた道路運送法改正により、地域公共交通会議の役割は、法第9条4項の協議会(運賃協議会と仮称しましょう)と地域公共交通会議とに分けられました。さらに、運賃協議会での運賃決定に先立って公聴会の開催が義務付けられました。
これにより、従来の仕組みでは「協議路線」とされるバス路線――自治体コミュニティバスが多くを占める――を開設したり運賃改正を行ったりする際は、公聴会を開催し、運賃協議会を開催し、そして地域公共交通会議で協議を整えるという長大な手続きが必要とされるようになりました。
改正の議論に携わった加藤博和先生は、こちらにおいて、地域公共交通会議のように複数事業者を含む大勢のメンバーが参集して公開で議論するような場で運賃が決まるという従来の地域公共交通会議の運賃規制の在り方が、独禁行政の観点からは正当化できず、「協議運賃」がタクシーや鉄道にも広げられるタイミングにおいていよいよ"独禁行政からも正当化可能な運賃決定手続きの登場"が要請された結果、運賃協議会の創設に至ったものと制度改正の経緯を説明しています。
今回は、この制度改正そのものと、そこから見える地域公共交通活性化再生行政の論点について、加藤先生からはまた別の立場から解説を試みたいと思います。
運賃協議会は筋が悪い
筆者は、運賃協議会は導入を回避すべきであったと考えています。
実態として、従来の地域公共交通会議の協議対象となっていた路線というものは、自治体運営バスがほとんどでした。自治体運営バスの運営スキームを競争政策に照らして、運賃協議会などというものは必要ないからです。
自治体運営バスの事業構造をここで確認しましょう。自治体運営バスとは、具体的には「コミュニティバス」「町営バス」「村営バス」「市民バス」「生活バス」「自主運行バス」等の名称で、民間営利目的では供給されない不採算なバスサービスを、自治体が公共サービスとして供給するものです。同時に、昨今では行政サービスの民間委託が進んでいることからもわかるように、自治体運営バスは民間バス事業者に運行委託されることが多いです。
「民間に運行業務が委託されている自治体運営バス」というものは、道路運送法上は民間が運行主体であっても、そのサービス内容を決めているのは自治体です。
同じ道路運送法の規制対象の民営バスであっても、独立採算のバスと、自治体運営バスの受託バスとでは、バス事業者の競争している市場が異なります。
独立採算のバスでは、バス事業者は自らの責任で値付けと路線・便数設計を行い、旅客獲得競争をしています。これを「路上競争」と言います。
一方の自治体運営バスの受託バスでは、値付けと路線・便数設計は自治体が公的観点から行い、バス事業者は自治体に対して他より低い委託価格を示して委託契約を勝ち取る競争をしています。これを「受託競争」と言います。
自治体運営バスの値付けと路線・便数設計は、住民の代表者である自治体が政治的意思決定の下で行うのですから、利用者に対して暴利をむさぼることを防ぐ国土交通省の民営事業者向け運賃規制に服する必要性がほとんどありません。そして、非営利サービスの公的供給なのですから、営利市場の競争制限を防ぐ公正取引委員会の独禁規制に服する必要性もまたほとんどありません。
むしろ、自治体運営バスにおいて競争政策が問題となるのは、受託者選定において官製談合のようなことが行われたりしないようにすること等、受託者選定の場面の競争促進でのことでしょう。
上記で見てきたように、自治体運営バス(の受託バス)に対しては、民営事業を対象とした国交省・公取の規制から解放してあげることが必要であり、従来の地域公共交通会議は曲がりなりにもその機能を果たしてきました。しかし、今度の「運賃協議会」は、その実務負担からして、自治体運営バスへの規制緩和とはもはや言えないものと考えます。ここまで大変なら、民営バスの規制に服したほうがマシだと考える自治体も出てくるかもしれません。(現在でも、私が群馬県の自治体運営バスに対して行った調査では、3割の路線は地域公共交通会議で協議を整えずに、民営バスの規制に服しています)。
どうして運賃協議会が必要になった?
結論から言えば、国交省が、長年にわたって地域公共交通会議のことを「自治体運営バスに対する規制緩和措置」と説明してこなかったために、「自治体運営バスに対する規制緩和措置」として従来の地域公共交通会議を正当化する動き方ができなかったためだとみています。そして、国交省が、地域公共交通会議のことを「自治体運営バスに対する規制緩和措置」と説明してこなかったことの背後には、地域公共交通をめぐる異なる方向性の対立が隠れていると言えます。
2006年に導入された地域公共交通会議については、ざっくり次の二つの異なる立場が存在しました。
①自治体運営バスに対する規制緩和措置という役割を重視する立場
実は日本の道路運送法は、1980年代から、「法律の適用外にする」という形によって、自治体運営バスに対する規制緩和措置を拡充してきました。21条バスや80条バスといわれるものがそれです。道路運送法は民営バスの暴利を規制するための法律ですから、自治体バスをそこから適用除外にするというのはそれなりに筋の通った政策でしたし、実際に多くの自治体が公的バスに活用していました。
2006年の法改正でできた「地域公共交通会議」は、それまでも存在してきた自治体運営バスに対する規制緩和措置を法律に書き込んだものだという面がありますが、このことを重視する立場があります。寺田一薫先生等の、過疎バスを研究対象とする交通経済学者にこの立場の方が多いです(例:寺田一薫2007「転換期の自治体コミュニティバスにおける委託と補助」(運輸と経済67(3)))。
②自治体運営だろうが民営だろうが、地域で協議が整ったら規制緩和すべきだという立場
加藤博和先生の立場にあたります。加藤博和先生は、むしろ従来の「自治体運営バスには規制緩和措置があり、民営独立採算バスには規制緩和措置が無い」という区別によって、バスネットワークが分断されてきたことを問題視します。このため、自治体運営バスであるかどうかによらない仕組みを求めます。
解釈
①と②にはそれぞれメリット・デメリットがあります。
①のメリット:自治体運営バスを対象とした制度であることが明確で、規制緩和措置の正当性を説明しやすい
①のデメリット:ややもすると、自治体運営バスと民間独立採算バスで意思決定がまったく別個に行われ、ネットワークが分断されやすい
②のメリット:自治体運営バスと民間独立採算バスで意思決定が同じ場で行われるようになれば、ネットワークの統合化が進む
②のデメリット:自治体運営バスを対象とした制度であることが不明確で、規制緩和措置の正当性を説明しにくい
筆者としては、②の立場は、理想論ではあるけれども、実質化するうえではいくつかの問題が残されていたと思います。それは、自治体と既存事業者をひっくるめて「地域の関係者」とみなしたことの是非です。より多くの政策選択肢(うまくいく手段)を見出すために自治体と既存事業者が協議することには価値があります。しかし、最終的に政策を採択するのは、徴税機構と投票機構を持ち、住民を正統に代表することが保障されている「自治体」の判断に属するものであるべきでしょう。「地域公共交通会議」では、自治体と事業者は対等だとされたため、住民の利益を代表することが保障されていない「事業者」が地域の公共交通サービスの在り方を左右する権限を手にすることになりました。
結論
運賃協議会の設置が求められたのは、「②地域公共交通会議は、自治体運営だろうが民営だろうが、地域で協議が整ったら規制緩和すべきという仕組みだという立場」を突き詰めて、その仕組みを、自治体運営タクシー・自治体運営鉄道という仕組みのそもそも存在しないタクシーや鉄道にも広げようとした時点で、ある意味避けられない帰結でした。
民営独立採算バス・鉄道の運賃規制は上限規制となっており、上限を下回る範囲で「実施運賃」を定めるのは届け出一つで可能です。今般の「運賃協議会」により、自治体運営バスの運賃の値下げですら「公聴会」の実施が義務付けられることは、民営独立採算サービスに対する規制と比べて明らかに均衡を失しています。
いまこそ、「地域公共交通会議+運賃協議会」とは別に、純然たる自治体運営サービスに対する規制緩和措置(①の立場)をさらに外側に作り直すような措置が本当は必要なのでしょう。その結果、公的規制は次の3階層になるはずです。
A 民営独立採算サービスに対する運輸・独禁規制
B 自治体・事業者協議を経て導入されるサービスに対する運輸・独禁規制(←「地域公共交通会議+運賃協議会」はココ)
C 純粋な自治体運営サービスに対する運輸・独禁規制の解除(←いま改めて必要)
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