見出し画像

ショートショート 猫缶

「鯖缶には鯖の、ツナ缶にはツナの絵が書いてあるのに、どうして猫缶には猫の顔が書いてあるのだろう。」
 スーパーで買い物をしていると、妻が言い出した。さっきペットフード売り場で買った猫用フードの缶詰を見ている。
「正しくは?」
「まぐろとか、そういうのが描いてあるべきですね。」
「猫の顔が描いてあるなら、猫が入っているべきだと?」
「そうですね。そう思います。」
 私がひいているカートに猫缶を入れる。

 会計を済ませて、車に乗るが、妻がまだ猫缶をみつめている。
「どうか、なさいましたか?」
「仮に、猫が入っているとして。」
「まだその話。」
「まだその話ですね。」
「いいけど。」
「その、用途はなんだろうかな、と。」
 考え事を始めた妻は放っておくに限る。無言でエンジンをかけた。

 家についても、まだ妻は缶詰を眺めている。いい加減、ちょっと戻ってきてほしい。
 「たとえば、こういうのはどうだろう。缶詰の中には、猫が隔離されていて、中には2分の1の確率で猫を殺す装置が入っている。」
 「シュレーディンガー的な。」
 「そう。シュレーディンガー的な。」
 「ぱくり、ですね。」
 「そうですね。開けるまで生死が分からない。」
 「缶詰につっこまれた時点で死亡が確定しているでしょう? 早く助けてあげないと。」

 ぷしゅ、と音を立てて妻が買ってきた猫缶をあける。
 にゃあ、と声がした。
 一瞬驚いて顔を見合わせる。それから足元に毛並みを感じて、足にすりよってきた我が家の三毛猫を抱き上げる。
 「お留守番ごめんね。」妻が生きている猫の頭をなでる。「ご飯だよ。」

ショートショート No.179

ノベルバーNo.20「祭りのあと」  |   ノベルバーNo.22「泣き笑い」

140字版