ショートショート 時間切れ
今日は日中忙しくて、眠い眠い眠いのだけど、どうしても今日中に終わらせなきゃいけない持ち込みの仕事があって、帰るなり化粧を落として服着替えて髪の毛バレッタで止めて、カバンの中から昼間後輩にもらったモンスターを取り出して、魔法みたいに目が覚めますよ」と後輩が言っていたのを思い出して、いかにも化学物質な色にちょっとひきながら、「でもモンスターって色違うだけで全部同じ味なんです」と真剣に続ける後輩の横顔がなんだか怪しげな魔法使いにみえたなと、思い出し笑いをしつつスマートフォンから爆音でHIP-HOP流して、エアで歌詞叫びながらヘッドバンキングしてると、カフェインと疲労が脳みその中でぐるぐるに混ざって、世界最強になったような気分になるの、確かに魔法で、かかってこいやあ! と叫びながら机の上に書類広げるんだけど、何一つ頭に入ってこないし、どうしたらいいかわからないし、なんだったらこれから何やる予定だったのかもわからなくるしで、しばらく音楽流したままぼうっとしてて、これおそらく爆音のHIPーHOPのせいだと、冷静なことを思いついて音楽を止めると、とたんに静かになっちゃって、窓開けると虫の声が聞こえて、月なんか出ちゃったりして、ちょっと泣きそうになるので、あわてて部屋にひっこんで、とはいえ、机の上の現実には戻りたくないので、台所で熱いコーヒーなんかいれてきちゃったりして、すすりつつ、もう一度爆音を掛けなおして、部屋中を起きているための魔法で満たして、どうにかこうにか疲労感と眠気を誤魔化そうと試みるけれど、さっきまでの大騒ぎのせいで足とかも疲れてきちゃってて、ちょっとだけ、と思って、ソファに座る、つもりがいつのまにか横になってて、時計をみるともう23時も半ばで、日付変わるけどしょうがないな、どうにか、と思う頃には、上半身がもち上がらない、というか、右手でスマートフォンを手に取ることも叶わなくない、切れたかも魔法、と思っていたら、起きた。
翌朝だ。時計をみると7時過ぎで、電気つけっぱなしだわ、爆音流れっぱなしだわ、モンスターぬるくなってるわ、そもそも入浴もしてないわで。
なんだあの万能感、と思っている暇もない。急がないと遅刻だ。シャワーを浴びて身支度を整えて、1ミリも進んでいない書類をカバンに突っ込む。
パンプスに足を突っ込んで、ガラスの靴だったら楽かもなあ、と思う。一個放り投げておけば、魔法溶けても王子が助けにきてくれるのに。
玄関から出て鍵を閉めようとするときに、ちらりと中の部屋の惨憺たる有様が見える。
いや。
いいや。めんどくさそうだし。
「おはようございます」
管理人が挨拶してきたので、笑って返す。昨夜の魔法を無駄に浪費したシンデレラの、ご出勤。
「恐れを知らぬ波乗りねこ」
for Steering the Craft
introduction
エッセイ ガラスの浮き球
1−①ー1 名古屋の化け猫
1−①ー2 この場所
2−② 18時
3ー③−1壁の向こう
3−③ー2 時間切れ