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ショートショート 暦の、したで

露草の分厚く鋭い葉の先に、朝露の小さな玉ができた。
少しずつ大きくなって、白く濁って、つうと落ちる。
「間に合ったね。」とどこかで声がした。

河原に白黒のオスの小鳥が一羽飛んできて、とんとん、と尾を振っている。
野良猫がそれを見つけて、じゃれつく。小鳥がとびあがる。近くを飛んでいたメスの小鳥と鉢合わせる。
「ちょっと、ベタじゃない?」誰かが苦笑いした。

コンビニエンスストアの屋根の下にツバメの巣があって、大きくなった雛がぎゅうぎゅうに詰まってる。
もうほんと、ぎゅうぎゅうなんだけど、酷い臆病で、巣立つのが怖いのだ。
「空はなかなか素敵だよ。」
雛の耳元で声がする。
「それに、君の翼の強さを知ってる? どこにでも飛んでいけるんだ。」
雛が首をすくめて左右に振る。
「そうだな。まあ、ここだけの話なんだけど……。」
声が小さく囁いた。
チュピッと小さく雛が鳴いた。ばたばたと不恰好に巣を飛び出した。
「……何を言ったの?」声がした。
「『この建物の中で揚げてるのって、何の肉だと思う?』」別の声が意地悪く言った。

「さあ、今年のテーマカラーを決めてもらいましょうか!」
雲の上では会議中だ。机に大量の色見本が散らばっている。
蘇芳、珊瑚珠、唐紅、葡萄色、柘榴色、弁柄色に燕脂色。
「毎年言わせてもらうけど、どれも同じじゃないの?」
「毎年言わせていただきますが、どれ一つ、同じじゃありません。」
議論を重ねて、色が決まる。急いで材料が発注される。

「今年の紅葉、どうよ?」
雨の工場を覗く者がいる。
「なかなか、いいよ。綺麗な色だ。」
雨の係が絵の具を見せる。薄く薄く、見えなくなるまで薄めて雨に混ぜる係だ。

長雨が樹々に降り注ぐ。ゆっくり、ゆっくり、樹が赤色を吸い上げる。「今年の色は、結構いいね。」と気難しい樹も独りごちる。

涼しい風が吹いた。
「忙しい忙しい。」と誰かの声が通り過ぎた。
暦の下で、くるくると、誰かが秋を始めている。

ショートショート No.86

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