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ショートショート 名古屋の化け猫

 お前さん方よその人は知らんだろうから気ぃつけといて欲しいんだが、名古屋の夜は早ぇでよ、飲むにしても遊ぶにしても終電よう覚えとかんといかん。
 こないだも、映画館のレイトショー見に行っていい気分で駅まで歩いて帰ったら、終電がもう、終わってまってるんだわ。はあ。ありゃあ参ったね。

 地下街のシャッターもとっくに閉まっとるし、酔っ払いがその辺で寝てまっとるし、ホテル探さなかんと思っとると、

「にゃあ」

 とどっからか声がしたんだわ。回り見ても、どこにもおらんよ。地下街で猫なんか見たことにゃあよな? わしもない。
 でも、確かにしたんよ。「にゃあ」って。

 どうせ遅くなったついでだもんで、ちょっとあたり探してみたんだわ。ほしたら、地下の出口の方でないとるの。そっと近寄ると、黒猫だったね。背中、なでたろうとしたら、するりと逃げた。

 ちょっと、むっとしたもんで、あわてて追いかけたんだわ。ほしたら、どんどん歩いて、民家のこう、奥まったとこに逃げてくんよ。
 ああ。
 追いかけた。暇だから。

 もう、どこの家の電気も消えとってね。家と家のすきま、体こすりながらひいひい通って、警察に見つかったら、間違いなく捕まっとったわ。

 黒猫は黒猫で、なんか、わしが追いかけとるのがわかっとったみたいでね。ときどき、こっち振り向いて、じっと待つような身振りをみせるんだわ。かわいいけど、ちょっと腹たったね。

 いくつか横丁通って、昔風の、長屋みたいとこに来てね、ほしたら、そこの壁の前で猫がぴたっと止まったのよ。ほいで、そこの長屋の壁、じっと見とるの。

 なんだろうと思って近寄っても、猫、ちいとも逃げぇせん。くしゃっと頭撫でてやったら猫パンチくらったわ。で、猫の見とる壁をみたら、これが、時刻表なのよ。露地裏によ。大きな時刻表が、ばーんと。

 なんだこれと思っとったら、足になにか擦り寄ってね。見たら、三毛猫だわ。抱き上げてやると、にゃあにゃあ言うて、よく見たら、まわり、猫だらけだったんよ。

 ぼう、と明かりがともってね。

 うん。音もなく、ぼう、とね。顔、照らされたんだわ。

 でっかい猫がね、ほんとに。大仏さんみたいなでっかい猫がね、わしの、目の前におった。金色に光る目でこっち見とったね。

 足元の猫たちが、この猫にどんどんよじのぼっていくんだわ。ああ。これ、猫たちのバスなんだわ思ってね。終電なんだね、あいつらの。

 ん?
 わし?

 乗るわけないでしょ、猫用のバスに。どこに行くかもわからんのに。

 にゃあにゃあ言ってる?

 そりゃあ、あんた、名古屋弁ていうもんで、名古屋の人にそんなこと言うたら怒られるよ?

 目が金色?

 ほうかね。じゃあ、そうかも。案外、名古屋の人。みんな一度くらいはそのバスに乗ったことがあるかもね。なにしろ人間さんの終電が早いもんで。にゃあ?

ショートショート No.449
課題「文体の舵をとれ」第1章①問1

「恐れを知らぬ波乗りねこ」
for Steering the Craft

introduction
エッセイ ガラスの浮き球

1−①ー1 名古屋の化け猫