ショートショート 日々のあわ
スマホを落とした。ダイビングしてるとき。
完全防水ケース。ダイビング中も使用可。高かったのに。調子に乗った僕が悪い。カメラに収めようと、魚を追いかけるのに夢中になって、気がついたらみんなに置いていかれていた。酸素も減ってた。あわてて浮上して、落とした。深い深い、海の底だ。
「すごいよ、これ!」
ホテルに戻ると、彼女が駆け寄ってきた。「すごい」って。何が?
スマホを見せられる。魚の写真だ。Twitterで、僕のアカウントが投稿している。魚の写真ばかり何度も。どれもこれも至近距離で、プロみたいだ。
「ありがとう。」
僕のアカウントがテキストを投げている。
「地上の生き物の吐くあわ、たくさん出る。見える。このすごい機械。」
「これ、私のみたもの。感じたこと。私のあわ。」
次に投稿されたのは動画だった。青い海の中に、長い髪の女性の顔が水中メガネもなしに登場した。笑顔で、目がきらきらしている。口をあけると、ごぼり、とたくさんの泡が出た。女性が嬉しそうにその泡を指さす。銀色に光りながら泡が上っていく。映像が途切れた。
「…あわ?」僕は彼女の顔を見た。
「『ツイート』?」彼女が僕の顔を見返した。それからちょっと考えて「翻訳ソフト使ったんじゃない?」と言って笑った。
次の日、スマホを新調した。旅行先で手配するのは大変だった。
アカウントはそのまま残しておいた。時折、魚の写真が投稿される。海の底の、ある日のあわだ。
ショートショート No.65
最後まで読んでいただきありがとうございます。
お口にあいましたら、こちらもどうぞ。