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ショートショート 長距離恋愛販売中
終業間近の仕事場、電気の消えた食堂の扉に滑り込む。今日も忙しかった。眠くて、寒くて、とにかく喉が渇いていた。
数台並んだ自動販売機はどれもこれも売り切れで、隅にある見慣れない躯体だけがどうにか在庫がありそうだった。みな青い光だったが仕方がない。冷たくてもないよりはと千円札を滑り込ませてボタンを押すとピコンと音がした。しかし商品をとる口が見つからない。
「長距離恋愛販売中」。電気をつける
ショートショート キンモクセイ盗賊団の池
「ユピテル」
盗賊団の頭領はそう呼ばれていた。目は聡く、頭はきれ、うっとりするほどの美丈夫。ローマの神様に例えられるのも無理はない。
ある王国に来た時のことだった。城に盗みに入ったユピテルは塔の上にひとりの王女を見つけた。王女も突然現れたユピテルを見つめる。二人の間に稲妻が走った。
どこかの国の王子だっら良かった。しかし彼は盗賊だ。盗賊には、盗賊のやり方がある。たくましい腕が王女を抱え上
ショートショート 沈む寺
昔、貴族の家に気分屋の次男がいた。気に食わないことがあると誰彼構わず怒鳴り散らした。
「怒鳴っても人は動かん」
父親が咎めたが頬を膨らませるばかり。仕方がないので出家をさせることにした。仏門に入れば穏やかになるだろうと思ったのだ。
貴族の息子だ。寺の誰もが次男にごまをすった。次男は益々居丈高になり、我慢ができなくなった僧がひとりふたりと寺を去った。
ある朝目覚めると次男はひとりぼっちに
ショートショート この中にお殿様はいらっしゃいますか?
高校生の頃、家出をしたことがあります。数学コンクールで賞をもらった日でした。「所詮高校生の賞だ」と父は私に言いました。私は制服のまま家を飛び出し、真っ暗な公園のベンチで震えていました。
私に声をかけてくる人がいました。「凍えるぞ」とか、そんな風だったと思います。身なりがいいとは言えない男性でした。
「酒のがあったまるんだけど」と言いながら彼は私の膝に缶コーヒーをのせました。私はお礼を言い、代
ショートショート 蕎麦でも気球は浮かんでる
うわあ、と子供たちが嬉しそうに声をあげた。開けた丘で次々空にあがる気球を見上げながら、転がるようにかけて行く。空に色とりどりのバルーンが浮かぶ。おおい、とちぎれんばかりに手を振った。
「こっちですよ」
先生が子供たちを呼んだ。麓のまちから遠足できた彼らには特別な気球が用意されていた。みんな、我先にと乗り込む。
「気球はなんで浮かぶんだと思う?」
遠くなる地上を見下ろしながら先生が言った。
ショートショート それでも地球は曲がってる
「なんか、地球、曲がってない?」
学校帰りに野球ボールが言い出した。地球は心当たりがない。
「曲がってるって、どういうこと?」
「教室でさ、後ろから見てると、なんかお前頭が傾いてるんだよ」
地球は思わず首を正した。今だって傾いていたのだ。苦い顔で答える。
「生まれつきなんだ。もともと曲がっているんだよ」
「気になるんだよ。おかげで俺、授業に集中できない」
野球ボールは真剣だ。ふたりの通う球
ショートショート 人生は洗濯の連続
交通事故で両親を亡くした私を引き取ってくれたのは叔父だった。父の弟だ。高校は転校することになった。独り身の叔父の家は綺麗とは言い難かったが、気を使わずに済んだ。叔父は企業の研究所に勤めていた。
小学生からやってきた野球は続けた。叔父がいいよと言ってくれた。叔父もそうしてきたからと。野球をしている間は気分が晴れた。
ある朝、叔父が干した洗濯物を眺めているのを見た。目の先を追うと私のジャージ
ショートショート 残りものには懺悔がある
夜勤明けの自分はいつにも増して性格が悪い、らしい。昨晩仕事の愚痴ばかり言う私に夫が言った。
「疲れてるからって俺にあたるなよ」
腹が立った。他人事みたいじゃないか。
「誰かと違って忙しいですから」
私が言うと、夫は何も言わずに寝室に引っ込んでいってしまった。夫は休職中だった。
朝になっても夫は布団から出てこようとしない。出勤前に「昨日はごめん」と背中を向けたまま布団を被る夫に言った。聞いて
ショートショート ひらめき膝
小学生の頃、妹におもちゃを譲らなかったせいで母に怒られた。私は悔しくて、部屋の隅で体操座りをして、膝におでこをくっつけて、ダンゴムシみたいにして泣いた。母が妹ばかり贔屓しているようで納得いかなかった。
「『ごめんなさい』って、言ってきたら?」
声が聞こえて頭を上げた。部屋を見回す。誰もいなかった。すぐ耳元で聞こえたのに。
「なんで僕が。全然悪くないのに」
そう言って、再び膝におでこをくっつ
ショートショート ときめきビザ
ゾンビが東京に行くことになった。おつかいだ。なんでも今は円安で、クールジャパンを爆買いらしい。よくわからないが楽しそうだ。
なるべく現地に溶け込んだ方がいい。騒ぎを避けるのが通のやり方だ。身体は腐ってツンとした臭いがするけど服を買って日本語を勉強した。「ビザも用意しなきゃ」とつぶやいた。
ゾンビが地上に来る時のビザは変わっている。ハートの形でピンク色。裏がシールになっている。生きている人
ショートショート タンバリン湿原
シャリン、シャリン。
霧の中に物悲しげな鈴の音が響く。この湿原を歩く人は皆この不思議な音を聞いた。大地を踏み締めるたびに鳴るのだ。
湿原の近くには村があった。村は湿原を聖地と崇めていた。古い伝説によると、何年かに一度のわずかな間神さまのもたらすカワが湿原に現れるということだった。
おかしな話だ。湿原には川がった。不思議な湿原であることは確かだが、これ以上川なんか現れそうもない。おかしい
ショートショート モンブラン失言
お菓子屋のイシャーンさんは温和なことで有名だった。いつもにこにこ微笑んで、お客さんもついついつられて笑顔になった。
イシャーンさんには秘密があった。開店前、一人でお菓子を作っている時、ボールやオーブンに向かって愚痴を言うのだ。誰にも内緒の息抜きだった。
「私のひげが何か?」
大理石の豪邸で、大金持ちが眉を顰めた。朝のお茶の最中だった。
「『ヤギみたい』という声がした気がしたんだが」
テ
ショートショート バールのようなチワワ
「こんにちは、バール!」
玄関で挨拶をした。友人の犬に会いにきたのだ。楽しみで仕方がない。私は無類の犬好きなのだ。
「『バール』じゃないよ」友人が奥から出てきた。私に言い聞かせるように言った。「『バールのようなもの』」
「『バールのようなもの』」
私は言われた通り繰り返す。靴を脱いで家に上がった。
「ユニークな名前だね」
「そうでもないよ」
友人が机にあったドッグフードの袋を開け、床に
ショートショート 鋭利なチクワ
チクワとハンペンが喧嘩した。ハンペンがチクワを挑発したのだ。
「君って主役になれないよね」
「せめて名脇役と言ってほしいね」
チクワは言った。随分怒っていた。
単純なやつ。ハンペンは思った。単純で、平凡だ。穴の向こう側まで見通せる。
「僕だって、主役になれるさ」
チクワは個性を磨くことにした。ハンペンを見返すには王道ではだめだ。できるだけ斬新で、とんがってなくちゃ。
大急ぎでコラボ相手