「お前、何かやりたい事は無いのか?」
父から、そう言われた時の事を今でも覚えている。
私が中学生になったくらいの頃か、ある日突然父親から呼び止められて話が始まり、開口一番に上記の台詞で詰問された事がある。
部屋の中はカーテンで閉め切っていて薄暗く、父はPS2を起動して「信長の野望」をやっている途中であり、傍らには中にタバコの吸い殻が何本も捨てられた灰皿があった。
「学校で何かやってたりしないのか?やりたい事は無いのか?お前、そのままだと一生後悔するぞ。俺には絶対分かる」
色々と言われたが、要約するとこんな感じだったように思う。
その時の父の目はこちらを心配するというよりも厳しく尋問するかの様であり、部屋が暗かったのも相まって物凄く怖く感じた。まるで警察の取り調べみたいだった。
タバコを吸って灰皿に灰を落として吸って落として、というのを繰り返しながら、父はこちらをジッと見つめている。
そんな視線に晒されて、私は何を答えたら良いのか分からなかった。やりたい事?そんなのを急に聞かれても何も返答を返せる訳がない。理不尽だと思った。馬鹿馬鹿しい。しかし適当に誤魔化して逃げようとしても、それが到底できる雰囲気ではないのは確かだ。何より相手は父である。
私が答えに窮して何も言えないでいると父は溜め息をついて「お前が毎日何考えて生きてるか知らないけどな、そのまんまだと絶対良くねえぞ。ちゃんとしろ」と説教をしてきた。暫くして解放されたが、終わった後も私は何が何だか分からずに呆然としていた。
それからも父からは数ヶ月に一度くらいの頻度で呼び出され、その度にこの質問をされた。そしてその度に、私は何も言えずにいて、そんな私の顔を見て失望したように父は溜め息をつく。その繰り返しだった。私が高校生になっても、それは変わらなかった。
そんな中、家族揃って近所の焼き肉屋に食べに行った時の事だ。その日、父は当たり前のように酒を飲んでいて帰りの夜の暗い道を母に運転をさせていた。
その時、不意にまた質問をされた。「お前、なんかやりたい事ないのか?」と。
こんな時にそんな事言わなくても、と思いつつ考えて考えて苦し紛れに「……自転車で遠くまで走るとか」と私は答えた。
その瞬間、「は?バカじゃねえか!その歳になって小学生かよお前は!もっとよく考えてから物を言え!」と凄い剣幕で捲し立てられて怒鳴られた。
じゃあ、私に一体どうしろと良いと言うんだ。
確かに父の気持ちも分かる。父から見た私は如何に毎日遊び惚けてて何も考えず生きてるみたいに映っていたのだろう。このままだと息子はどうなるのか、と不安に駆られていたのだろう。心情的には理解できる。
けど、幾ら言われても分からないものは分からないのだ。夢中になれるものは何もない。勉強には元からやる気は無いし、運動神経は絶望的で、熱中しているスポーツも、真剣にやる習い事も、没頭できる趣味も、何もかも皆無だった。日々漫画読んでアニメ見てゲームやってパソコン構って、という典型的なオタクだった。
友達だって中学はともかく高校に入る頃には一人もいなかったし、先生に相談する気もなかった。そんな状況で私は一体どうすればいい?
父に怒られた事で一念発起して真剣に将来を模索する……という方向にはならなかった。むしろ益々萎縮して、やる気を無くした。
私が自分の人生に意欲的になれないのは間違いなく父が関係しているし、この父の怒号は今に至るまで私の中で呪いのように居座っている。そのせいで自分のやりたい事は何か?というテーマを考える度に、怒りと侮蔑で顔を歪ませた父を思い出してしまう様になった。
今になっても、やりたい事というのは浮かんでこないが、あの時より色々と情報に触れ見聞を広げたお陰で、朧げに道標のようなものは見えてきたように思う。
それがハッキリとした形になるようには努力しよう。今更な気はするが。