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「身銭を切れ」 ナシーム・ニコラス・タレブ
『ブラックスワン』『反脆弱性』から続くシリーズ。リスクテイクと、職人にまつわる箇所を重点的にまとめました。
リスクテイク
リスクを引き受けるという条件のもと、一定の犠牲を払わないかぎり、それを人生とは呼べない。取り返しが利くかどうかにかかわらず、実害をこうむるリスクを背負わない冒険は、冒険とは呼べない。
本物の人生にはリスク・テイクが欠かせないという本書の主張は、心身問題に関する微妙な話題へと結びつく。
映画「マトリックス」のような精巧な仮想現実で時間を過ごしたとしても、それらは本当の経験とはいえないという箇所。ジョセフ・キャンベル(「神話の力」「千の顔をもつ英雄」)も、似たようなことを書いているような気がする。
人生が停滞する原因は、リスクを取らず、安全な道を選んでいることが原因ではないのか?
もし「お告げ」を受けたと感じた人が、つまり自分の赴くべき冒険があると感じた人が、今の社会に留まったほうが安全だし安心だからと冒険に出かけなければ、彼の人生は枯渇してしまいます。
職人と技術
職人というものは、仕事の対価である金銭は二の次で、実存的な理由から手を抜かず、良いものを作ることに誇りを持っている。
仕事を最適化したり、手を抜いたり、仕事(や人生)から"効率性"を絞り出せるだけ絞り出したりしようとすると、やがて職人はその仕事にどんどん嫌気がさしていく。
ウエストチェスター郡の靴屋は、靴屋でありたい。たとえ、中国の工場に靴作りを外注して、自分は別の仕事に転職したほうが、いわゆる "経済的" な状況はよくなるとしても、自分の仕事の成果を楽しみ、お店に並んだ商品を見て誇りを抱きたいと思っている。
評論家のような知識だけの人々と職人の対比を読み進めるうち、橋本治の「セーター騒動顛末記」で語られる「技術」のことを思い出した。
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セーターの編み方についての本を出したとき、橋本はファンの一人から「あの本にはどういう意味があるんですか?」という質問を受けたという。しかし、本当に訊くべきは「あの本は僕にとってどういう意味があるんですか?」であって、自分の位置づけと一般的な位置づけを混同してはいけない。
p54
人間には、当事者性を失うとインテリに走るという恐ろしい定理があって、その現場を持たないものほどその現場に対して碌でもないことを言いたがる。
p59
若い子って、自分が持てないから、全部、一般性って衣を着てつかまえにかかるのね。あらかじめ、一般性っていう一体感を用意しといて、それが出来上がってから、もう一度その中に入りこもうとするのね。
p60
技術というものは、漂っていく自分をつなぎとめておくもので、技術という考えが抜け落ちていたら、自分が一般性の海に漂っているんだっていうことさえも気づけない。
その他
似非データ
図表が多く掲載されている本は、むしろ信用できないことが多いようだ。根拠がないときほど、人は数値やグラフに頼る。
トレーダーは、利益をあげているあいだは口数が少ない。ところが、負けがこみはじめると、細かい話、理論、図表を山ほど引っ張り出してくる。
スティーブ・ピンカーによる著書『暴力の人類史』では、近代は人類史のなかでも暴力が減少しており、それは近代的な制度のおかげだという主張がなされているが、それはでたらめだという研究。
彼の ”データ” を精査したところ、彼が自分自身の数値を理解していないか(実際理解していない)、話が先にできあがっていて、それに見合う図表を延々と加えていったかのどちらかだということがわかった。
彼は統計の本質がデータではなく、情報を抜き出すこと、厳密性を追求すること、ランダム性にだまされないことだと気づいていない。
マーケティングとしての暗殺
前述の続きから
暴力の体系的な研究(暴力が減少しつづけてきたという前述のスティーブ・ピンカーのいんちき論文を糾弾した研究)を行った際、歴史的に見て、戦争に関する統計が双方によって水増しされていることを発見した。
1982年のアサド・シニアによる虐殺の犠牲者も、報告された数よりも実際は1桁以上少ない。2000人だった犠牲者が「4万人」にまで増えてしまったのは、敵味方どちらも、数が大きいことが利益になったためである。
中世にユーラシアを席巻したモンゴル人も、皆殺しに興味があったわけではない。彼らは敵を服従させるため、相手に恐怖を植え付けていたのである。
グリーン材の誤謬
トレーダーを雇う場合、堅実な実績を残しているのであれば、細かいことが分からないトレーダーを雇うほうが良い。
ある男がグリーン材の取引で大儲けしたのだが、彼は自分の取引する商品について本質的とも思える詳細を理解していなかった。彼はグリーン材が伐採直後の材木を意味することを知らず、緑色に塗った材木だと思っていたのだ。
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