【 #ヒトシネマ】時代を駆け抜けた無数のレール、その終着点
【おことわり】
今回のレビューは「劇場版仮面ライダージオウ Over Quartzer」のネタバレ、及び特撮テレビ番組「仮面ライダークウガ(平成12年~13年)」への少々重すぎた感情が含まれます。ご了承ください。
平成12年1月。ひとつのテレビ番組の放送が始まりました。「仮面ライダークウガ」。
約10年ぶりとなる仮面ライダーシリーズTV新作は、それまでを知る人に衝撃を、初めて仮面ライダーに触れた人に憧れをもたらしました。
それから早19年。平成仮面ライダーシリーズは昭和シリーズの作品数を超え、「ネット配信限定」や「アプリ独占公開」も定番化。平成史から切り離せない大シリーズと化しました。
しかし、時既に令和。
新たな元号の1号ライダー『ゼロワン』も発表された今、「平成仮面ライダーの歴史」を収斂させんとする動きがあった……!
今回の映画:「劇場版仮面ライダージオウ Over Quartzer (平成31年)」
【おことわり】
まだ見ていない方は直ちに劇場へ向かってください。
よろしいですね?
それでは……ライダータイム!
・「禁断のサプライズ枠」について
……うっそでしょ。いや、「仮面ライダー」のドメインを東映が握る限り『およそもっとも出演させてはならない人間の一人』だと思っていた。一次創作が二次創作、それも「どちらかと言えば悪意ある二次創作」を掬いあげるのはやらないと思っていた。
……それは1ファンの思い込みだった。これは仮面ライダージオウの、「平成総決算」の劇場版である。そこに限界はない、ないったらないのだ。
・「番外ライダー登場」について
まず斬月カチドキはここで出すしかない、というかここでだし損なうと鎧武で新展開ない限り出せないので妥当、と思いつつガッツポーズもの。「緑のアイツ」は実を言うと6月末くらいに「出すのでは」と思ってしまったのが当たった。いや本当に出るやつがあるか「本当の令和最速ライダー」よ。さらに「今出せるとは思ってなかったライダー」の参戦。平成仮面ライダー史上最も派手な名乗りも見事復活!って……マジですか。
そして「彼」が来た。
仮面ライダークウガ(コミカライズ版) だ。
待て。待ってほしい。その出方はなんだ(歓喜)。その初撃の出し方はなんだ(落涙)。その疾走はなんなんだ(吐瀉)。色もないのに色が見え、声もないのに声がする。その勇姿は、たとえTVシリーズ版ともDCD版とも違うとはいえ、確かに「仮面ライダークウガ」であるではないか(理性崩壊)。
仮面ライダークウガでヒーロー観を養った人間にはあまりにダメージの大きい1発である。五代雄介と五代雄介が並んでいる(推定)。同じ戦場に2人の五代雄介が立って、戦い、駆け抜けている。これもう完全に奇跡であり大事故である。時代をゼロから始めた者が「時代の終わり」に増えて帰ってきた。「新たな時代の新たな伝説」は「過ぎ行く時代の最初の伝説」になった。なったんだよ……
(しばらくお待ちください)
・平成仮面ライダーについて
「醜い」、そして「複雑な時代」だったかもしれない。昭和のように全てが後からでも綺麗に繋がる仕様には決してならず、本編の脇でいくつもの「番外」が生まれていった。全ての平成仮面ライダーの初登場シーンを「当日に見た」人も、もしかするとそんなに多くはないのかもしれない。まるで蔦のように、野放図に広がった歴史。それが平成仮面ライダーシリーズである。
その何が悪い。一瞬一瞬を際限なく重ねてたどり着いた「巨大なタペストリー」。テレビ、映画、オリジナルビデオ、配信映像、マンガ、舞台。その過程で広がった「物語」を、誰がとめられるというのか。
そして最後の「平成ライダーキック」。塗り替えられた伝説が、交錯する運命が、純粋な願いが、流転する力が、永遠の切り札が、弛まぬ修行が、天の道を歩む者が、終わらないクライマックスが、バイオリンが繋いだ時代が、物語を繋ぐ通りすがりが、2人で1人の探偵が、欲望へと伸ばされた手が、宇宙へ届く友情が、最後の希望が、混迷の覇者が、1人の刑事の道程が、英雄達の交響曲が、天才ゲーマー/小児科医が、未来を作る実験が、そして「平成を受け継いだ最高最善の魔王」が刻む『平成』の2文字。史上最もめちゃくちゃで、筋の通った、最高火力のライダーキックだった。
【まとめ】
空っぽの星 時代をゼロから始めよう:A NEW HERO/ A NEW LEGEND(完全独走 俺が超えてやる)
突破力:2019/5.0(振り切るぜ!)
織田信長:3.99/5.0(何故織田信長でなくてはなかったのか、説得力は確かにある)