闇バイトに応募し(ようとし)てみた ― 闇バイトの危険性、多様化する手口、社会的背景、eKYC案件
はじめに:闇バイトとは何か?
近頃、「闇バイト」という言葉を耳にする機会が増えている。関東地方で特に相次いでいる強盗致傷事件がその背景にあり、ニュースや報道でも多く取り上げられるようになっているためだ。
闇バイトは非常に幅広い概念で、その内容も様々なため、明確な定義を持たない。しかし、大まかに定義するならば、「SNSなどを通じて不特定多数に向けて募集される、違法な末端の仕事」であろう。
闇バイトは、さらに「現場型」と「遠隔型」の2種類に分類できる。
「現場型」は麻薬の運搬や強盗の実行犯など、直接犯罪現場に赴き物理的な行動を伴うものだ。対して「遠隔型」は、出会い系サイトの「サクラ」や特殊詐欺の「掛け子」のように、オンライン上で完結し、現場には赴かないものを指す。
現場型の闇バイトは、強盗事件のように被害が目に見えてわかりやすいため、報道でも取り上げられることが多い。
一方で、遠隔型の闇バイトは、直接現場に出る必要がないため罪悪感が薄れやすく、在宅でも手軽に参加できる。そのため、現在、特に若者を中心に深刻な問題となっている。気軽に始められるが故に、知らず知らずのうちに犯罪に加担してしまうケースも多い。
今回、私はインターネット上で、ある闇バイトの斡旋業者と接触することができ、闇バイトの実態について多くの情報を得た。
そのやり取りの中で驚かされたのは、紹介される闇バイトの種類の豊富さであった。斡旋業者は各種の犯罪行為を「〇〇案件」と称し、まるで普通のアルバイトのように紹介していた。応募者は、自分の条件に応じて案件を選ぶことができるという。
こうして紹介されたさまざまな闇バイトの中で、最も時間がかかり、かつ報酬が桁外れに高額な、遠隔型の案件があった。それが「eKYC案件」である。私はこの案件について興味を持っているフリをして、斡旋業者から詳細な説明を受けた。
本稿では、そこで情報を得たeKYC案件の手口について明らかにし、さらに闇バイトに関わるリスクやその対策、そして闇バイトが蔓延する社会的背景の考察についても論じる。
「eKYC」とは何か?
eKYC(electronic Know Your Customer)は「電子本人確認」の意味で、銀行や証券会社の口座開設やクレジットカード発行時、また電子決済サービスのアカウント作成時にオンラインで本人確認を行うシステムのことを指す。これにより、利用者は従来の本人確認より容易かつ迅速にサービスを利用できるようになる。
従来の本人確認は、オンラインでの申し込み後に本人確認書類の郵送や、転送不要の郵送物の受け取りが必要であり、本人確認の完了までに時間がかかっていた。しかし、eKYCでは、本人確認書類と顔写真をオンラインで提出することで本人確認が完了するため、手続きを迅速に進められ、すぐに口座開設やサービス利用が可能となる。
このeKYCによるオンライン本人確認の方法は、2018年11月に金融庁が公表した「犯罪による収益の移転防止に関する法律施行規則の一部改正」により、「オンラインで完結可能な本人確認方法」として具体的に定められている。
「eKYC案件」とは何か?違法な手口の概要
先述のように、eKYCは「犯罪による収益の移転防止に関する法律(以下、犯罪収益移転防止法)」の改正により、新たに認められた。この認証方法は、 サービスの利用開始を簡便にする一方、認証方法の穴を突くことができれば、不正な認証ができ、悪用が可能である点が問題視されている。
本章では、実際に闇バイト斡旋業者とやりとりをするなかで情報を得ることができた、「eKYC案件」のある手口を紹介する。
eKYC案件の手口には、いくつかの巧妙なステップがある。その最終目標は、不正に入手した銀行口座情報と電子決済サービスと紐づけ、そこから口座に残っている残高をチャージし、最終的に金銭を得ることである。
この一連の不正行為を実行するには、「不正に入手した銀行口座情報」「偽造身分証」、そして「実行者」が必要となる。
まず、依頼者が「不正に入手した銀行口座情報」を準備する。
それをもとに「eKYC案件」として不正にeKYCを行う人物、つまり実行犯を募る。
その後、実行者が特定の銀行口座情報に適合した認証ができるように、「偽造身分証」の用意が行われる。
偽造身分証は実行者の顔写真や偽造情報を用いて作成されるため、本人確認の際に、実行者が「本人」として扱われるようにしている。
次に、この偽造身分証を使ってeKYCを行う。
電子決済サービスの本人確認が済むと、依頼者が銀行口座に入金指示を行う。
この一連の不正な手続きが完了すると、電子決済サービスを通じてチャージされた金銭は、依頼者によって不正に引き出され、最終的に不正な収益として確保される。
このようにeKYC案件では、依頼者、実行者、偽造身分証、そして不正に取得した銀行口座情報が巧妙に組み合わされて、インターネット上での不正な金銭取得が実現されている。
不正に入手した銀行口座情報から、直接出金することもできる。しかし、電子決済サービスを経由することで、実行者に罪を被せやすくなり、かつマネーロンダリングがしやすくなる。これこそが、わざわざ実行人を募り、不正にeKYCを突破する理由である。
「eKYC案件」に手を出した際のリスク
eKYC案件に手を出した場合、様々な深刻なリスクが伴う。
まず、実行犯自身が犯罪行為の主体とみなされる危険がある。
依頼者や斡旋業者の指示に従って行動したとしても、実際に不正なeKYCを実行するのは本人であり、その行為自体が違法と判断されれば、警察から犯罪の実行者と見なされ、責任を問われることになる。この場合、軽微な協力者ではなく、主体的な関与者として捜査される可能性が高まる。
また、eKYC案件に関わることで複数の法律に違反するリスクがある。
不正に取得した銀行口座を利用することで、犯罪収益移転防止法や不正アクセス禁止法に抵触する可能性が高い。これらの法律に違反した場合、犯罪の性質によっては懲役刑が科される場合もある。
特に、銀行口座の不正利用に関わる行為は、社会的にも厳しく取り締まられており、実刑判決を受けるリスクが大いにある。また、実行犯として一度捜査対象になれば、その後の生活や信用にも大きな影響が出ることは避けられない。
さらに、自身の銀行口座が凍結されるリスクもある。不正行為に関与した疑いがかかれば、金融機関は口座の取引を即座に停止する場合が多く、該当口座を利用した一切の資金の引き出しや移動が不可能となる。場合によっては、金融機関との今後の取引が拒否され、生活上の不便に加え、信用情報にも悪影響が及ぶことが考えられる。
闇バイトの募集手口
闇バイトの募集には、いくつかの手口が存在しており、募集される媒体も広がりを見せている。一般的に、SNSのX(旧Twitter)上で数多くの募集が見られるが、最近では求人サイトにも闇バイトが紛れ込んでいるケースが確認されている。求人サイトでは、合法的な求人に見せかけて、実態を隠したまま闇バイトを募集する場合もあり、注意が必要である。
闇バイトの募集にはいくつかの共通したパターンがある。
たとえば、「#お金に困っています」などのハッシュタグや、や「即金」、「高収入」、「簡単な仕事」といった文言を用いることで、経済的に困っている人や即金を必要とする人々をターゲットにしている。こうした文言を用いることによって、リスクや違法性に気づきにくくさせ、応募者を引き寄せる手法である。
募集の形式としては、内容を「〇〇案件」と称して最初から提示するパターンもある。ここで使われる「〇〇案件」という表現には、隠語が含まれていることが多く、初めて見る人にはその案件が犯罪行為にあたるかどうかを判断するのが難しい。そのため、応募者は一見普通のアルバイトのように感じて応募してしまうケースが後を絶たない。
さらに厄介な手法として、初めはごく一般的な仕事に見せかけておき、次第に犯罪行為へと誘導していくパターンがある。最初は荷物の運搬や事務作業などと称して募集され、応募者が仕事に慣れた頃に「少し特殊な案件」として違法行為への関与を求める形だ。このように段階的に誘導されるケースは、応募者自身が犯罪行為に巻き込まれていると気づきにくく、最も回避が難しい方法である。
また、個人間での金融支援の条件として、闇バイトを提示するケースも存在する。「お金を貸すから、この仕事を手伝ってほしい」という形で、金銭援助の見返りとして闇バイトへの参加を要求する。それはつまり労働だと思うが…。
このように、闇バイトの募集方法は年々巧妙化しており、SNSだけでなく求人サイトや個人間金融といったさまざまな手段を用いて、主に若年層の応募者に接近している。そのため、何気ない「即金」や「高収入」といった文言に引かれて応募してしまうと、気づかぬうちに犯罪に加担してしまうリスクが潜んでいる。
闇バイトを見破る方法と対策
闇バイトに巻き込まれないためには、いくつかのポイントを押さえておくことが重要である。
まず基本として、SNS上でのアルバイト募集に安易に応募しないことが最大の防止策と言える。特に、経済的な困窮に訴えかけるハッシュタグや文言を用いた投稿には要注意である。これらの投稿は、経済的に不安を抱える人々の心理を巧みに利用して、違法な闇バイトへの応募を誘導している可能性が高い。
さらに、一般的な求人サイトにも実態を隠して闇バイトを募集するケースがあるため、油断は禁物である。求人サイト上では、一見普通のアルバイトに見える形で掲載されることが多く、応募者が違法行為だと気づかないように工夫されている。見極めるためのポイントとしては、まず仕事内容が曖昧で具体的な説明がされていない求人には注意が必要だ。たとえば、「荷物の受け取り」や「事務作業」といった漠然とした表現のみが記載されている求人は、詳細を確認するまで応募しない方がよい。
また、同じ職種や経験に対する他の求人情報と比較して、明らかに高額な給与が提示されている場合にも慎重になるべきである。特に経験や資格を求めず、短期間で高収入を約束するような求人は、労働内容に何らかの違法性が含まれている可能性がある。闇バイトの多くは、高額な報酬で応募者を惹きつける一方、犯罪リスクを負わせるものが多いため、「うまい話には裏がある」と疑う姿勢が求められるだろう。
闇バイトが蔓延る社会的背景
「闇バイト」が広がる社会的背景には、現代の経済的な困窮やSNSの発達が影響している。
大きな要因として、物価高騰や経済格差の拡大といった現代社会の問題がある。これにより、多くの若者たちが経済的に困窮している現実がある。
生活費や学費、将来への不安が募るなかで、若年層の間では「より稼がなければならない」という認識が強まっている。
さらに、SNSの発達によって他人と容易に比較できる時代になったことも、若者たちの消費傾向に大きな影響を与えているだろう。SNSで目にする他人の「充実した」生活や消費活動は、自分と比較して劣等感や焦燥感を抱かせ、身の丈に合わない消費行動を招くことが多い。その結果、若者たちの多くは収入と支出のバランスを崩し、さらなる経済的困窮に陥るという悪循環に巻き込まれている。このような経済的苦境が積み重なると、視野が狭まり、適切な判断ができなくなるケースも少なくない。
こうした状況下で、「即金」「高収入」「簡単な仕事」といった魅力的な文言を並べる闇バイトは、困窮した若者たちにとって非常に魅力的に映る。彼らは一時的な金銭的問題の解決を求め、長期的なリスクを考慮せずに違法な仕事に手を出してしまう。闇バイトの斡旋業者は、経済的に弱い立場の人々が抱える切迫した状況を逆手に取り、巧妙な言葉を用いて関与を誘い、若者たちを犯罪に巻き込んでいるのである。
その結果、弱者が食い物にされ、犯罪組織だけが利益を得るという構造が形成される。こうした構造のなかで、犯罪組織はより多くの利益を得て、さらに若者たちを巻き込むための手口を巧妙化させていく。
結果的に、社会はますます不均衡な状況へと進み、経済的に追い詰められた若者は次々と闇バイトに引き込まれ、この負の連鎖が止まらない状況となる。
このように、闇バイトの蔓延には、現代の経済的背景や情報社会特有の問題が深く関与しているのではないだろうか。
まとめ:安易な稼ぎ方には要注意
闇バイトは、その魅力的な文言に反して、ほぼ確実に摘発や逮捕のリスクが伴い、結果的に見合ったリターンが得られないことがほとんどである。
表向きは「高収入」「簡単な仕事」と謳われるが、実際には違法行為の末端として利用されるだけで、危険なハイリスク・ローリターンの働き方である。目先のお金を手にできるかもしれないが、手に入るのはわずかな報酬にすぎず、人生や未来を犠牲にするリスクに見合うものとは言えない。
長期的に見れば、人生において何か目標を持ち、それに向けて努力し続けることが重要だろう。
その過程で得られる報酬や成長は、単なるお金以上の価値を持ち、得られる食事や生活もまた、心から満足のいくものであるに違いない。目標に向かって努力することで身につく技術や経験は、その後の人生を豊かにするための基盤となる。
それに対し、闇バイトや、例えばギャンブルといった手段で「楽にお金を稼げる」と考えるのは、大きな誤りであり、ほとんどの人がそのような手段に走れば、社会は誤った方向へ向かうだろう。
世の中には、汗水を流して働くことで得られる喜びや達成感がある。安易な道に逃げるのではなく、時間と努力を重ねることで得られる報酬こそが、本当の意味で自分を豊かにしてくれるのではないだろうか。