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みかんの花の香り ―笑う膝 2ー

今年はやたらと散歩中にみかんの花の香りを感じる。

詳しいことはわからないのだが、みかんというのは柑橘類全般。夏みかんだったりキンカンだったりレモンだったり、普通のみかんだったり庭木として植えられているような灌木の類だ。

迂闊なことながら、みかんの花の香りに気づいたのは2年ほど前のこと。散歩中に畑の脇に植えられた夏みかんの木の側を通った時だ。梅も沈丁花も木蓮も終わったころなのに、風に乗って仄かに花の香りを感じた。きょろきょろと辺りを見回すと、夏みかんの木に白くて可憐な花が咲いているではないか。そっと鼻を近づけてみたら何とも言えない芳香が。しかも花が散った後にはもうすでに濃い緑の小さな実がついていた。なんとも植物の準備のいいことか。無計画かつ放埓な日々を送ってきた自分を恥じ入るばかりだ。

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その次の年までは、日々進行していく足腰の不随さを感じながら杖を突き一人での散歩を続けていた。豆粒のような夏みかんが大きくみかん色に色ずくまでの成長を、そこを通る時には楽しみながら。

2年前の夏に義母が、97歳の誕生日を迎える日をひと月ほど残してこの世を去った。

大好きだったおかあさんを亡くした妻が散歩に同行機会が増えたのは、翌年の夏を過ぎたころからだったろうか。夏の暑さに弱くてすぐにへばってしまうのだ。それ以降は、ほとんど一緒に杖代わりに手をつないでくれて散歩を続けている。

妻は大の花好き。散歩していても二人で歩くと、周りの風景も変わってくる。わたし一人だと路上観察系の、錆だゴミだとか、何でもないような美しくないような、今でいえばいわゆるインスタ映えとは縁遠いものに眼がいくのだが、妻と一緒だと花や美しい風景が多くなってきている。

そのせいもあるのか今年はやたらに、みかんの花の香りを感じている。

香りをうまく表現するほどにはわたしの語彙力は、悲しいことにあまりにを貧困だ。

爽やかで仄かに風に乗ってふわりと漂う、柑橘系の香り。何とも無粋極まりない。

妻とふたり杖代わりにつないだ手を振りながら、『みかんの花咲く丘』を歌いながら歩いたりする。この小確幸の気分を表現するにはこれがやっとだ。

もちろん、周りに人がいる時にはそんなことはしない。周りに人がいないのを確かめてからだ。ボケたりとはいえ、それくらいの含羞は残っている。


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