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「水の中の狸」について

※本記事はいち舞台好きの、あくまで素人の感想です。

・胡蝶の狂気


様々な理由で舞台「かちかち山」を練習する演劇部。ここに入部してきた狂気の天才、真央が全てを変えていった。新入りにも関わらず堂々と発言し、「全国制覇」を掲げる真央。異質な彼女に、徐々に部員が侵されていく。
異様ともいえる舞台への熱量、一方で生まれる部員同士の軋轢、そして挫折。部員にとって、この時間は決して短くなかったはずだが、思い返してみるとこれは夢のように一瞬だったはずである。

このように、現実の私たちは誰しも「熱」に浮かされた経験があるのではないだろうか。受験や恋愛、それこそ部活などに私たちには理想を抱き、邁進していた。しかし現実は厳しい。夢は叶わない。それでも時間は過ぎていってしまうから、櫂を漕ぎ続けなければならない。夢に敗れ、溺れてしまった悲しい「自分」を助けることはできないのだ。

この心情を「胡蝶の夢」そして「かちかち山」を用いることで分かりやすく、それでいてドラマチックに表現した点が凄かった。
狸に火を点けるシーンではBGMとセリフの声量により、動的な狂気を表現していた。一方で中盤や終盤のポツリと呟くセリフでは、どこかで「おかしい」と感じてしまう僅かな冷静さ、それでも狂気を止めらない情的な狂気さがしみじみと表現されていた点が見ていて驚いた。
「胡蝶(≒理想)」に近づくことはできず、最後に自分が溺れることで初めて夢であったことが分かる。だからこそ、智恵に「事故」が起きてしまうシーンでの「光が綺麗で~」というセリフが重々しく、とても象徴的だった。

・「真央」について+「千歳まち」さんについて


(言うまでもなくどのキャストの方も素晴らしい演技をしていました。その上で筆者の推しの「千歳まち」さん、そしてストーリー上ではキーパーソンだった「真央」を特筆させていただきます。)

まちさん演じる「真央」は変わったキャラクターだった。常に自身無さげに猫背でいる一方で、演劇のこととなると著名人の言葉を引用して自分の気持ちをぶつける。しかし、彼女の「夢」が近づくにつれて次第に前を向き、前髪の間からギラギラした眼が覗くようになる。

…このように常に狂気を体現し、且つ夢に敗れた姿を演じたまちさんはやはり凄かった。
終盤の地区大会に敗れたシーンでは、泣き喚いたり地団駄を踏んだりするのでもなく、ただただ顔を覆って悔しがっていた。こうした演技が非常に印象的で、登場人物の中でも最も「溺れてしまった」真央の絶望、声すら出ない深い叫びが痛いくらいに伝わってきた。

ストーリー上での真央の「異質さ」はとても重要で、部員に火を点ける「火付け役」であるし、智恵にとっては「成功した自分の姿」でもある。
この点においても、まちさんの持つ「華」が非常にマッチしていたと思う。思わず目を惹く雰囲気と、演技に関して的を射る洞察力。それでいて人には慣れていない独特の脆さや弱さ(智恵に話しかけられ、「真央さんみたいになりたいです」と言われた際の微妙な心の揺らぎ)…などの表現が非常に巧かった。
真央は変人でもなければ狂人でもない。むしろこの二つの要素を併せ持ったオンリーワンの存在だと思う。まちさんだからこそ表現できた「真央」が見られて、筆者はとても満足している。
(前髪が顔にかかったまちさんが終始カッコ良い/可愛かった。また、瞳孔が開いたような目で練習風景を眺めている様もとてもよかった…。こうした初めて見るまちさんの表情に終始ドキドキしていた…!!)

おわりに

改めて、大変な情勢の中でも「水の中の狸」を作って下さったキャスト、スタッフの皆様、本当にお疲れ様でした。
素晴らしい舞台をありがとうございました!


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