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雰囲気全体を感じながら。

作品を鑑賞することにおいて、
鑑賞者の「共感」が大切である、
というのはよく言われるとも存じあげますが、
ぼくは、なんだか、この
「共感」というのはあんまりわからないな。
もちろん、作品に
共感することはあるとしても、でも、
それがすべてじゃあないとも感じられる。

たとえば、ぼくは、鳥山明さんの
漫画作品『ドラゴンボール』が好きで、
ぼくだけでなくて、現在42歳のぼく自身としては
ぼくらの世代のとくに男の子は、
全員、読んでいたと思うし、そして、現在でも
多くの人たちに愛される作品とも思うのですが。
あらためて考えてみれば、ぼくは
『ドラゴンボール』という作品を鑑賞するときには、
共感って、どのぐらいしているんだろう?

ぼくとしてはさ、
冒険の旅もしないし、
格闘をするわけでもないし、かつ、
登場人物とじぶん自身との性格が近い、
ってゆうのもあんまり無いと思うから。
ほかの方々がどうなのかはわからないけれども、
そう考えると、ぼくは、なにかに共感しながら
『ドラゴンボール』を読んでいる、
というわけじゃあないやもしらない。

でも、共感は思わなくとも、
夢中になって鑑賞することはあるんだろう。
つまり、共感は無くとも、
おもしろい!
って感じるときはある、というか。

たとえば、音楽の歌についてもね、
「共感」が大切だ、っていうのを聞いたことあるけど、
ぼくはそのこともよくわからないの。
もちろん、その歌に共感しながら
感動する場合もあれども、でも、
それだけじゃあないとも思うというか。
歌に共感する、とは、つまり、
歌の歌詞に共感する、なのだと思うですが、
つまりはさ、歌詞のことばの
「意味合い」に着目している。
けれども、
歌を聴くときって、その作品の
歌詞の意味合いだけじゃあなくって、
歌詞の語感、メロディー、アーティストさんの歌声、
演奏、曲のリズム、などなど、つまり、
音楽の雰囲気全体を感じながら、その
歌を好きだと思うと思うのよね。

漫画作品で言うとすれば、セリフや
ストーリー及び内容のことだけでなくて、
絵の感じや線の感じや、というような
漫画の雰囲気全体を感じながら、
鑑賞しているのだとも思う。

つまりはさ、そのような
「雰囲気全体」というのは、
比喩的に言えば、作品より醸し出されている
「匂い」のような?!

漫画も、音楽も、そして、
映画や小説や美術などなどの作品もまた、
「共感」的な「意味合い」のことだけでなくって、
そういうような、いわゆる、作品の
「匂い」のようなものを感じ取りながら、鑑賞者は
好きかどうかを思っているやもしらない。

なおかつ、人間の感覚だっても
刻々と変化してゆくものだから、
あるときには
あまり好きとは思わなかった作品も、
またあるときには
とても好きと思うこともあるのだろうなあ〜。

令和6年11月7日