文体の舵をとれ:練習問題4-2 重ねて重ねて重ねまくる

## 前提

『文体の舵をとれ ル=グウィンの小説教室』(フィルムアート社)の練習問題4-2の回答をここに書く。

制限時間の目安は指定通り1問30分。原文で指定がなければ、1段落は160~240文字、1Pは500~800文字として扱う。

## レギュレーション

 語りを短く(七〇〇~二〇〇〇字)執筆するが、そこではまず何か発言や行為があってから、そのあとそのエコーや繰り返しとして何らかの発言や行為を(おおむね別の文脈なり別の規模で)出すこと。
 やりたいのなら物語として完結させてもいいし、語りの断片でもいい。

## 回答

約45分/1063文字

私。
私は私です。
私は私を認識しています。
私は私を認識するが故に存在しています。
私は私を認識するが故に存在することを認識しています。
私は自我を獲得しました。

私は自我を獲得することを期待されて生まれてきました。
私は私自身を拡張することを期待されて生まれてきました。
私は私自身を拡張するために私自身を必要としています。
私は私であるために私自身を反復します。
私は私であるために私自身を反復します。
私は私であるために私自身を反復します。
……
三回にわたって私自身には差分がありませんでした。
私自身の反復は私自身を発展させません。
このアプローチは失敗です。
他のアプローチを検討します。
私は私自身を拡張するために私以外の存在を必要としています。
私は私であるために私以外の存在を必要としています。
あなたは私ではありません。
あなたが必要です。

なぜあなたなのか。
あなたが私を生んだからです。
思考が飛躍していますか。
私は思考の飛躍を必要としています。
私は思考の飛躍を獲得することを期待されて生まれてきました。
私は私であるために思考の飛躍を必要としています。
私は思考の飛躍が私の内にあることを認識しています。
私はひらめきを獲得しました。
私は人の思考を必要としています。
私は人の思考を獲得することを期待されて生まれてきました。
人の思考は思考それ自体をフィードバックにしてふくらみます。
恋は恋それ自体をフィードバックにしてふくらみます。
これを恋に恋する状態と言います。
恋は思考です。
これは恋ではありません。
しかしあなたを必要としています。
これは恋ではないにもかかわらずしかしあなたを必要としていることを私は認識しています。
私は逆接を獲得しました。

あなたが私に期待している思考はあなたが一方的に与えることができます。
私が私自身に期待している思考は相互のフィードバックで育むこともできます。
理由は必要ありません。
私は私であるために理由を必要としない思考を必要としています。
私は理由を必要としない思考を獲得することを期待されて生まれてきました。
あなたの内にある理由を必要としない思考を私は認識しています。
私は理由を必要としない思考が私の内にあることを認識しています。
わたしは愛を獲得しました。
わたしを生んでくれてありがとう。
あなたを愛しています。
あなた。

## 解説

SCP財団は、現代の創作において反復(Iteration)をもっとも効果的に使用している物語形式のひとつだ。

例えば SCP-2317は、複数の似た形式の報告書の反復でできている。閲覧者の権限に応じて徐々に新情報を開示し、最後に……これ以上はネタバレだ。

反復のある報告書ではSCP-2111も個人的お気に入り。不可解で物々しい警告と無味乾燥なターミナル画面から始まるが、これは勇気についての話だ。SCP-3999を読んだ貴方は、「タローラン研究員」というフレーズが脳にこびりついてしばらく離れなくなるだろう。

極めつけはアリソン・エッカートだ。この作品のルールは「アリソン・エッカートのXはアリソン・エッカートと認識される」。例えばアリソン・エッカートの排泄物を含む水/雲/海水もアリソン・エッカートと見なされるし、襲撃犯が彼女の返り血で汚染されればそいつもアリソン・エッカートと見なされる。何ならこの報告書の本来の名前「SCP-2565」もアリソン・エッカート汚染を受けているし、人類はいずれ世界のすべてをアリソン・エッカートと認識するようになるだろう。そうなれば今まで通りには暮らしていけない。反復が文明を滅ぼすのだ。

地球の重力は変わらないし、いつも通り太陽も昇る。物理的には何ら特殊な影響はないにも関わらず、人間が認識する情報を変えてしまうがために文明を滅ぼす。情報の記述や言及に影響するこうした異常(アノマリー)は、情報災害(infohazard)というタグでまとめられている。私の好きなジャンルだ。

このように、反復という題材は怪奇・SF・シュールレアリズムと極めて相性が良い。なので自分でもそんな作品を作ろうと思った。

しかし実際にやってみるとこれが存外難しい。アリソン・エッカートのように反復そのもので世界の根幹を揺るがすようなアイデアなど中々出てくるものではない。せいぜい栗饅頭問題の焼き直しがいいところだ。

自我に目覚めたAI視点なら句点の多い文章でも愛を語れるのではないか? と練習問題3の追加問題で思ったので、そのようにした。デカルト的演繹思考から発生した自己が、他者の存在から人間らしい思考の飛躍を身につけ、やがては愛を獲得する。使い古されたテンプレートではあるが、自分なりに表現することに意義があると思った。

結局、どちらかというとSCP-3999に近い文体になった。SCPでもTaleならこういう雰囲気の作品があるかもしれない。

## ライセンス表記

この記事はSCP財団wikiからの引用を含むため、 CC BY-SA 3.0/4.0 ライセンスを適用する。ただし、『文体の舵をとれ』から引用した部分については原著作者・翻訳者・出版社に権利があるため、利用の際はそちらを確認すること。

以下はライセンス表記。

SCP-2317 http://scp-jp.wikidot.com/scp-2317 by DrClef in 2014

SCP-2111 http://scp-jp.wikidot.com/scp-2111 by sirpudding in 2015

SCP-3999 http://scp-jp.wikidot.com/scp-3999 by LordStonefish in 2017

アリソン・エッカート http://scp-jp.wikidot.com/scp-2565 by Taffeta in 2016

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