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2022年7月 映画レビュー

7月に見た10作品の所感を、ざっくりまとめました。順不同で紹介します。
(文章量の差は、お気になさらず…)

戦争と女の顔

(監督:カンテミール・バラーゴフ 主演:ビクトリア・ミロシニチェンコ 2019年/ロシア)

戦争から帰還した人に対して「命だけでも助かって良かった」などと言うのは、なんと軽率なことかと思い知らされた。戦地での壮絶な経験は、日常を取り戻してもなおトラウマとして深く心を蝕み、元兵士たちに安らぎを与えない。

むしろ、生き残った者の方が長く苦しみを経験するという点で、残酷なような気がした。兵士が女性であった場合、男性が感じるものとはまた別の理不尽や過酷さや尊厳の欠如を経験し、もう元には戻れないほど、心と体を傷付ける。

舞台は第二次世界大戦後のソ連。ロシアがウクライナに対して起こしている戦争について、同作のロシア人監督はこんなメッセージを寄せている。「彼らの多くにとっては、この戦争を乗り越えること、これからの人生を送ることが難しくなるかもしれない。ましてや、不可能になるかもしれない。これは『戦争と女の顔』で描かれていることと一緒だ。戦争より悪は存在しない」。

その通り、戦争より罪深いものなどない。どうして人間は同じ過ちを何度も何度も繰り返すのだろう。


こどもかいぎ

(監督:豪田トモ 出演:子どもたちと先生 2022年/日本)

「子どもを見くびらない」というのが、教育においてどれだけ大切か。彼らには存分に語りたい気持ちがあるし、語る力もある。決めつけず、押しつけず、ただ話を聞く。争いごとも対話で解決させる。それによって子どもはこんなにも社会的な一面を見せてくれるものなのかと驚いた。

年長さんが0歳児をお世話する制度も良かったなぁ。ブレイディみかこさんの『他者の靴を履く』に書かれていた、エンパシーを育てる授業にも似ている。言葉でコミュニケーションがとれない赤ちゃんの気持ちを推しはかることで、他者理解のスキルが身につく。こういう取り組みも多くの教育現場で導入していったらいいのになぁ。

上半期に『夢見る小学校』を見た時も思ったが、画一的な枠に押し込めるのではなく、子どもの自由な発想や想いを尊重し、子どもに主導権を握らせる教育がもっともっと広まらないと、日本はどんどん世界から遅れをとるのではないか。「自分らしさを大切に」とか言ってるくせに、出る杭を打ちまくる環境を変えなければ、未来は明るくない気がする。


ボイリングポイント 沸騰

(監督:フィリップ・バランティーニ 主演:スティーヴン・グレアム 2021年/イギリス)

100名の予約で埋まったクリスマス前のレストラン。そんな日に限って衛生管理官が立ち入り検査に訪れ、ライバルシェフが評論家を連れて来店。黒人スタッフを差別する客、メニューにないものを所望するインスタグラマーなどやっかいな客も多数。

そこに、スタッフ同士の言い争い、勤務中の薬物取り引きなどなど、店側にもいくつもの問題が勃発する。さまざまなハプニングが巻き起こり、レストランはカオス状態。

その様子をなんと90分ワンカットで撮ったというのだから、すごい。まるでドキュメンタリーを見ているようなリアルさと、こちらまでクラクラするような繁忙さに惹きつけられっぱなしだった。


こちらあみ子

(監督:森井勇佑 主演:大沢一葉 2022年/日本)

「あなたならどうする?」と、大きなテーマを突きつけられた気がした。授業中に突然歌い出したり、立ち上がって他の教室に行ったり。相手の気持ちをはかることができず、良かれと思った行動で深く人を傷つけたり。よく言えば自由で天真爛漫、裏を返せば超問題児。主人公のあみ子にも家族にも、しかるべき助けが必要なのに…と彼らを見つめながらずっと考えていた。

全て家族だけで受け止めようと頑張ったら、そりぁ、母は病むし兄はグレるし、温厚な父の堪忍袋の緒も切れる。しつこく付きまとわれる同級生もブチ切れる。クラスメイトの坊主頭の少年のように「お前、変わってるからなぁ」とフラットな視点で彼女を見てくれる人はごく稀なのである。多様性や個性の尊重という大義名分の下に、不幸になる人が大量発生しては本末転倒だ。

研究者の岡檀さんの著書『生き心地の良い町』には、自殺率の低い地域の特徴の一つとして、住民に「病、市に出せ」という意識が根付いているとある。困りごとが発生したら当事者だけで抱え込まず、周囲に発信するということだ。「助け、助けられ」の共助が成り立っているから、手遅れになるほど深刻な状況にまで事態は傾かない。

そういう緩やかに助け合える存在は、あみ子のような子どもがいる家庭こそ、必要なのではないだろうか。結局、父は手に負えなくなったあみ子を田舎のおばあちゃんの家に預けることで、臭いものに蓋をしたわけだが、それでは何の解決にもならない。劇中で小学生から中学生へと成長したように、彼女は確実に大人になっていくのだから。大人になったあみ子が、周囲と上手く調和して幸せに生きるには、多くの人の手が必要なはず。この後、あみ子と家族がどんな未来へ向かうのか、気になって仕方がなかった。


わたしは最悪。

(監督:ヨアキム・トリアー 主演:レテーナ・レインスヴェ 2021年/ノルウェー)

やりたいことが次々と変わるが長続きせず、常に「本当の自分」を探し続けている主人公。アニメーションの分野で成功をおさめる恋人と知り合い、暮らし始めるも、彼と一緒にいることで何者でもない自分がよりみじめになるような感覚に陥る。そして、浮気をし、別の男性のところへ…。

ノルウェーの作品なのだが、同じタイミングで韓国の『恋愛の抜けたロマンス』を見て、アラサー女子の悩みは万国共通なのだなとよくわかった。どちらも主人公が「人生の主役になりたい」と、何者にもなれていない己の現状に嘆いているのだ。

主人公が見せた曖昧で、不安定で、自分勝手で、弱い部分は誰にだってある。『わたしは最悪。(原題:The Worst Person in the World)』と、自らを卑下したくなる日も往々にしてある。だから、この物語は見る人、一人一人の物語でもあるのだ。


アプローズ、アプローズ! 囚人たちの大舞台

(監督:エマニュエル・クールコル 主演:カド・メラッド 2022年/フランス)

「ラスト20分。感動で、あなたはもう席を立てない!」との触れ込み。確かに予想外の結末ではあったものの、それはさすがに言い過ぎかも…。とは言え、囚人たちが演劇を通してやりがいや喜びを見出し、変化していく様には胸を打たれた。刑務所の所長や法務大臣など偉い人が当たり前のように女性だったのも良かった。フランス映画だからかな。

上映時間105分で、全体的に少し駆け足だった印象が。あと25分くらい追加して、一人一人のキャラクターや主人公と家族の関係性などを深掘りしてくれたら、もっと感情移入できたかもしれないなぁ。実話を元にした物語とのことで、その後、彼らがどうなったのか、すごく気になった。


ビリーバーズ

(監督:城定秀夫 主演:磯村隼斗 2022年/日本)

イカれた宗教にハマった人間の滑稽さや異常性を描いた話題作。実写化不可能と言われたコミックを城定秀夫監督が撮った。
信仰に厚いはずの彼らの欲望が露わになる様が、濃厚な性描写と共に描かれている。演者にとって、なかなかの体当たりシーンが続き、男性からは「エロい!最高!」とのレビューが多いが、特にヒロインを演じた北村優衣はその反応を想定した上で、事務所ではなく自分の意志で出演を決めたのか、気になった。

ハリウッドでは、ヌードシーンやキスシーンを撮影する際に、俳優をサポートする専門家が関与するのが常識になっていて、全てのカットで一つ一つの動作に演出がなされ、演者が少しでも嫌だと感じたらNOと言える環境が保証されている。
この点において日本は遅れているから、彼女(そして相手役の彼らも)が何のストレスも感じず、心から演者としての役割を全うする気持ちだけで作品に臨めていたのか、そんなことばかり考えて見続けてしまった。もっと作品自体を楽しみたかったのに。


なまず

(監督:イ・オクソプ 主演:イ・ジュヨン 2018年/韓国)

ストーリーを楽しむというより、思想を味わう作品。ポップなラブコメを想像していたのだけれど、かなりシュールで「これは一体何を示唆している?」と唸らせられるシーンがたくさん。タイトルにもなっている「なまず」は、主人公たちを客観的に見ていて、ナレーションを担当しているのだが、なぜなまずでなければいけなかったのかわからないし、立ち位置も謎だった。

とは言え、彼氏のトランクスを部屋着として履いているイ・ジュヨンがとにかくかわいかった。韓国では『ベイビー・ブローカー』よりも1~2年前に同作は公開されているとのことで、少し若い印象。先日見た『三姉妹』で、鬼気迫る演技をしていたムン・ソリがつかみどころのない、マイペースな病院の副院長役をしていたのもの良かったな。彼氏役のク・ギョファンもいい味を出していた。このステキなメンツで、もう少しわかりやすい恋愛モノを見てみたい。


恋愛の抜けたロマンス

(監督:チョン・ガヨン 主演:チョン・ジョンソ、ソン・ソック 2021年/韓国)

「私は、恋愛なんて感情労働はしないの」と言い切る、29歳の主人公。けれど性欲は止められず、恋愛抜きで付き合えるセフレを求めて、アプリに登録。そして、雑誌の連載でセックスに関するコラムを書かなくてはいけないある男性と出会うのだ。身体だけの関係と割り切っているからこそ、「相手に嫌われたくない」なんて思わず、遠慮なく本音で語り合う。そうするうちに、次第に二人は惹かれ合っていく。

主人公は、恋愛には目もくれず、仕事で成功したいと考えていて、「人生の主役になりたい」と話す。同月に見た『わたしは最悪。』の主人公もアラサーで、同じようなことを話していたのだが、結婚、出産、仕事と選択を迫られる岐路に立ち、悩まずにはいられないのがこの年頃の女性なのかなと。いや、アラフォーだって、アラフィフだって、「今以上の人生があるのでは」と思う人すべてが、悩むのだろうな。アラフォーの私も、彼女にすごく共感したもの。主役を夢見る主人公に、祖母が語ったこの言葉に救われた。「主役ばかりでなくていい。脇役やエキストラもするから、人生はおもしろい」。


リコリス・ピザ

(監督:ポール・トーマス・アンダーソン 主演:アラナ・ハイム、クーパー・ホフマン 2021年/アメリカ)

第94回アカデミー賞で作品、監督、脚本の3部門にノミネートとのことで、期待していたのだけれど、私にはあまり響かなかった…。25歳で夢も希望も特になく、男を地位やお金で選んで依存しようとするアラナに嫌悪感すら抱いたし、彼女に見初められる10歳年下で世渡り上手なゲイリーの良さも全然わからなかった…。2人が惹かれ合った理由も、ピンとこず…。

どうやら、調べてみると、この作品にはチョイ役でいろんな有名人やその友人、親族などが出ているらしい(ディカプリオのお父さんとか)。そういう意味で玄人ウケするのかもしれない。レビューを見ても、監督のファンは評価が高く、そうではない人は評価が低い印象。一つだけ良かったのは、アラナが大型トラックを運転して逃げるシーン。急カーブの坂道をバックで下っていくのだけれど、「もしかして、物語の展開として主人公が死ぬこともあるのか?」と思うくらい、危険なシーンで手に汗握った。


<8月に見たい映画>
・プアン 友だちと呼ばせて
・L.A.コールドケース
・ねこ物件
・ぜんぶ、ボクのせい
・コンビニエンス ストーリー
・凪の島
・SABAKAN
・シーフォーミー
・スワンソング
・Zola ゾラ

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