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MOVIE REVIEW「本心」

(監督:石井裕也 主演:池松壮亮 2024年 日本)

上映が終了して照明がついた瞬間、「原作読んで来た人〜?」って叫んで、召集をかけたい衝動に駆られた。「ねぇ、この改変、酷くない?」と。原作者の平野啓一郎さんは自身のSNSで映画関連の情報をシェアしたり、俳優の演技を絶賛したりしているので、納得しているのだと思うけれど、原作ファンとしては許せない点がありまくり。鑑賞しながら「は?」「なんで?」「いやいや、それはないだろ」的なつっこみが止まらなかった。

まず主題からして大きくズレている。生前に抱いていた「本心」を知るために、亡くなった母のVF(ヴァーチャル・フィギュア)を作るが、それによって自身が知り得なかった母の一面に触れたり、VFの母では埋めることのできない孤独を思い知ったり、母が願っていた「自由死」について考えながら心を揺さぶられたりして、主人公の朔也が葛藤しながらも成長するのが原作の軸であり、奥深いところなのに。

なんで彩花との恋愛が大半を占めているの?原作では、彼女は朔也に恋愛感情を抱かずイフィーと付き合うことになっているが、彩花が朔也に恋心を抱いていて、最終的に結ばれるような演出をしているのはどうしてなの?彩花への想いを自分の中でなんとか消化することによって、次なるステップへと進もうとする朔也にこそ、惹きつけられるのに。

それに、原作では仕事仲間でしかない岸谷が、幼馴染の設定になっていて、やたらと朔也に絡んでくるのもやめてくれと思った。母以外に自分のことを気にかけてくれるような関係性の他者がいないからこそ、朔也は母の死に打ちのめされ、貧乏なのにもかかわらず300万円もの大金をはたいて母のVFを作ろうとするのだ。岸谷のような気軽に飲みに行く友人がいる設定は、そういう朔也のキャラクターを描く上で絶対に違うと思う。

岸谷についてもう1つ言うなら、イフィーを演じた仲野太賀と岸谷を演じた水上恒司の配役は逆だったのではないだろうか。原作のイフィーは若くして成功した人物。朔也を演じた池松壮亮(実年齢34歳)と水上恒司(実年齢25歳)が幼馴染の設定はちょっと無理があるし、仲野太賀(実年齢31歳)が原作では10代のイフィーを演じるのも、イメージが違い過ぎる。

それに、原作ではとても重要な登場人物であるイフィーが映画ではちょい役だなんて。しかもあんな描き方では、彼はただの気持ち悪い大金持ちでしかないじゃないか。イフィーは才能に溢れた爽やかな好青年で、けれども下半身付随という障害があるために、裏で臆病な想いを抱えている複雑な人物なのに。

VFの母が語った「息子には言えなかった自身の過去」についても、だいぶ薄っぺらくなっていて興醒めした。真実を告白するシーンも、なんだかとってつけたようで、説明くさくて、深みが全くなかった。

それと、これは監督の趣味なんだろうか?と疑うシーンが2つあって。1つは、野崎の娘が「サックスワーカー」と「近親相姦」というワードが入ったセリフを話すシーン。何でわざわざ、原作には登場しない娘を存在させて、うら若い(14〜16歳くらい?)女優さんに、こんな言葉を発させたんだろう?原作で「セックスワーカー」と言葉にするのは、VFの母だし、「近親相姦」なんて言葉は記憶する限りでは出てこない。

もう1つは、彩花のシャワーシーン。なんであそこでわざわざ、乳房をあらわに映す必要があったのか?何の意味があってあのシーンを撮ったのか、謎過ぎる。と同時に、監督に対して若干の気持ち悪さを覚えてしまった。脚本も監督自身が手掛けているとのこと。あの原作でこの脚本になってしまったことは、本当に理解し難い。

とにかく、原作が好きな人は映画は見ない方がいいし、映画を見てしまった人は、原作を読んで記憶を上書きした方がいい。豪華な俳優陣が集結して素晴らしい演技をしていただけに、とっても残念。もしこれが、同じく平野啓一郎さん原作の「ある男」のように、日本アカデミー賞でも受賞した日には、私は絶望に打ちのめされるだろう。

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