災害時外国人支援のハッカソン&検証ワークショップを通じて学んだ、「デジタル」と「デザイン」の相互関係
この記事は、2017年2月に実施した「災害が起きたとき外国人をITで守る検証ワークショップ in 草津」の非公式レポート(note版)である。
これを最初に書いたのはワークショップから1ヶ月後の2017年3月で、関係者に確認を取り終えいよいよ県として公開を進めていたところ、庁内決裁がおりず、お蔵入りになっていた。
それから約2年半後の2019年11月、改めて一部関係者の許諾を得た上で、当時書いたものを Speaker Deck に「非公式レポート」として公開することにした(Speaker Deck の使い方としてどうなんだという指摘は置いといて。。。)。
この記事はそのレポートを note 用に一部再編集したものだが、2017年当時の表現は敢えてそのままにしている。
1年前に開催された災害時外国人支援ハッカソンで生まれたアイデア「TSU・NA・GU」
このワークショップのきっかけとなったのが、1年前の2016年3月に滋賀県危機管理センターで開催した「滋賀県 防災×IT 体験&共有シンポジウム『災害時、外国人を守る3つのアイデア』」です。
このなかの、災害後の避難所支援に焦点を当てたサービスをエンジニアどうしで考えた「災害時外国人支援ハッカソン」で、災害後における「多言語情報」の翻訳支援および共有・管理のWebサイト「TSU・NA・GU」のアイデア(デモ)が生まれました。
この「TSU・NA・GU」は、災害時に行政や国際交流協会、またボランティア等によって設置される多言語支援センターの作業で特に大変になる「情報の切り分け」や「多言語化」といった作業を、drupal の機能を用いて多拠点同時に行えるようにするというものです。
さまざまな情報が紙ベースで錯綜する被災地では、情報の切り分けが難しく、また、外国人被災者への情報提供は現場のボランティアさんによる人海戦術のみのため必要な情報の多言語化作業が追いつかない・・・という問題を解決するために誕生しました。
世界中の翻訳ボランティアが参加・協力できる仕組みをインターネット上につくることで、外国人被災者の方々が現地で必要としている情報の効率的な多言語化を迅速かつ正確に行うことができます。また、投稿された各種情報はカテゴリ別に整理・共有することで、被災者の方々が必要な情報を必要な時にすばやく見つけられるようになります。
(「TSU・NA・GU」開発・提案者のブログより)
外国人被災者への情報提供、ITツールを使う場合と使わない場合とでどう違うのか?
それから1年後の2017年2月11日(土)、ハッカソンで生まれた「TSU・NA・GU」のアイデアの実用化を検証すべく、 草津市役所で「災害が起きたとき外国人をITで守る検証ワークショップ in 草津」を開催しました。
このワークショップでは、外国人被災者への情報提供を行う訓練を実施した際、「TSU・NA・GU」を使う場合と使わない場合とではどのような違いが出るのか--、「TSU・NA・GU」を使うチームと使わないチームそれぞれで同じ訓練を実施し、その違いを浮き彫りにしてみました。
なおその様子は別途第三者による観察を行い、客観的な評価を得られるようにしました。観察においては、情報デザインを専攻する成安造形大学の学生さんを中心に協力を仰ぎました。
検証内容 「発災から1週間後の災害多言語支援センターで、膨大な情報を整理・翻訳して、避難所にいる外国人に届けよう」
「TSU・NA・GU」を使うチームと使わないチームの2つに分かれた上で、次のお題を提示しました。
【お題】
2017年2月4日(土)午前9時頃に草津市北部を震源とするマグニチュード7.3の地震が発生しました。草津市で震度6強を記録。草津市では市長を本部長とする草津市災害対策本部が設置され、同本部に「草津市災害多言語支援センター」が設置されました。災害から 1 週間後の今日、皆さんはいま情報ボランティアとして、その支援センターのなかにいます(センターにはインターネット回線がつながっているものとします)。
センターに寄せられる膨大な情報について、避難所にいる外国人にどのように届けられるか、皆さんで考えなが ら実際に構築してみましょう。なお今回は避難所には「TSU・NA・GU」を閲覧できる何かしらの環境があるも のと仮定し、避難所での伝達方法については考慮しないものとします。
そして各チームには、被災状況をまとめた資料を含む21枚の支援関連情報を紙で提供し、これらをどのように整理して翻訳するか、チームごとに作業方法を考え、作業を行なっていただきました。
各チームが重点的に取り組んだこと
訓練終了後、それぞれのチームがどのように取り組んだのか、各チームのリーダーから発表してもらいました。
なお便宜上、「TSU・NA・GU」を使ったチームを「デジタルチーム」、使わなかったチームを「アナログチーム」、また観察を行なったチームを「観察チーム」と、それぞれ表現することとします。
■ デジタルチーム
私たちのチームは、まず配られた21枚の情報の掲示物をみんなでスマホで写真撮影して、各自4枚ずつ「TSU・NA・GU」に登録していきました。
各ボランティアが全ての掲示物を見られる状態にした上で、今度はその日本語をテキストに起こしました。OCRという文字認識機能を使って読み込んだ後、人の目で見て修正して登録したため、誤字脱字は多くないと思います。全体の8〜9割ぐらい入力でき、日本語の掲示物はほぼオンライン上で公開されるようになりました。
そして次に各言語への翻訳をお願いしました。基本的には人の手を使った翻訳ではありますが、翻訳のできない方はGoogle翻訳も使いました。翻訳できたのは体感で大体2〜3割ぐらいで、英語、ポルトガル語、タイ語までいけました。ただ21枚全部翻訳することは無理でした。
■アナログチーム
時間やマンパワーに限りがあるし、一遍に翻訳できるわけではないので、優先度の高いものを決めないといけない。そこで3つのグループを作って、今回届いた21枚の情報を7枚ずつ分担し「いまどの情報が外国人に大事なのか」をグループごとに選ぶ作業をしました。
その次に、グループごとに考えた優先順位についてみんなで話し合いをして、翻訳する情報を決めました。みなさん人間なので色々意見も異なったんですが、最終的には食べ物とか生きることに直結するような情報が大事ということで、支援物資の情報に絞って翻訳しようと決めました。
そして翻訳用の情報として整える。難しい災害用語も翻訳できるよう、外国人に伝わりやすいような情報として文章を作り直しました。 余計な前置きなどを省き、「何をいつどこで配るのか」という本当に知りたい情報だけに整理しました。あと21枚の情報のなかには 「灯油の配布」というものもあったので、その辺もくっつけるなど。
作業は2時間でしたが、最終的に英語・タイ語・インドネシア語・ 中国語、そしてやさしい日本語に、翻訳をしました。
ITツール活用の強みはスピードだけでなく、「誰もがすぐ同じ目標に向かって取り組める点」にもある
双方のチームの発表を聞くと、次のような違いが確認できます。
・デジタルチームは21枚の情報を「時間内に整理できる」という前提で、「機械化」による作業の効率化を目指した
・アナログチームは21枚の情報を「時間内に整理できない」という前提で、「編集」による作業の効率化を目指した
その上で、観察チームの成安造形大学の松廣さん・松井さんは、次のように分析しました。
観察中はデジタルチームの方が作業ステップが多いと思っていたんですが、観察記録を整理してみたら、実はアナログチームの方が不明瞭な作業ステップが多いことに気づきました。3グループに分担してそれぞれで優先順位を決めるプロセスも、グループごとにバラバラになっているため、ボランティア個々がどうまとめたらよいかわからない中で作業していました。その点デジタルチームの方は、システム側で手順が決められていたため、単純にこれをやればいいという明確な作業がボランティア側に見えていました。
デジタルチームの利点はそのスピードだけでなく、その決められたシステムをみんなが使うことによる「作業のシステム化・平準化」にあり、アナログチームに見られた不明瞭になりがちな議論のプロセスを一歩飛び越え、みんながすぐ同じ目標に向かって取り組める点にもあることがわかりました。
実際にデジタルチームは、まず情報を全部「TSU・NA・GU」に入れることで、誰もが各々でできることをやってもらえるようなワークフローを組んだことが特徴的でした。その結果、チームの雰囲気もみんながパソコンに向き合い、もくもく作業しあうような様子でした。
■デジタルチーム参加者
やることが明確で、外国語が話せなくても日本語を入力したり機械翻訳するなどして、手伝えるなぁと思いました。
■アナログチーム参加者
アナログチームは、ボランティアの思いや知識とかに左右される部分があまりにも大きすぎたかなと。その点、デジタルチームが統一的に作業できたのは良いと思いました。
ツールの開発・導入に必要なのは、「外国人住民の行動に基づくデザイン」を組み込むこと
しかし「議論のプロセスを一歩飛び越え、みんながすぐ同じ目標に向かって取り組める」というのは逆に弱点でもあり、外国人に伝わりやすい情報設計が「TSU・NA・GU」のシステム内に構築されていないと、アナログチームも指摘するように「読まれなくなる」懸念が生じます。
アナログチームは訓練を通じて「似たような情報がいくつも届くと、当事者は同じ情報と勘違いして見なくなってしまう」という点に気づき、同じ目的の情報については場所・時間・内容をまとめるなどして、読む側がわかりやすくしようという工夫をしていたのが特徴的です。また「やさしい日本語」への対応も行われ、例えば24時間表記は使わず 「AM / PM」表記に統一するなどといった定住外国人ならではの視点も見られました。
■観察チーム参加者
デジタルチームについては、機械的にもくもくやっていこうという空気が出来上がっていて。スピーディーではあるけれど、いよいよ情報を公開するという段階で、もう一回最後に受け手となる外国人の側に立った人がチェックしてくれたらいいなと思いました。
■アナログチーム参加者
日本人は小さい頃から防災訓練を続けるなかで、ある程度の「ストック情報」が蓄積されているんですよね。それが外国人にはないから、多言語だけでなく、いろんなことを予め考慮しなければいけない。ITツールも日本人目線になっていてはダメなので、ストック情報のない人にどうやって届けるかということを考えてい ただきたいです。
災害時外国人支援におけるIT活用では、エンジニア以外にも「行動に基づくデザイン」の領域に触れられる人の存在が必要であることがわかります。当事者である外国人にヒアリングや観察をするなどして、アナログチームが見出したような「気付き」を見つけ、それを解決するデザインを考えることが、デジタルチームの弱点を克服するうえで必要だということになります。
まとめ
国の動きでは総務省が「情報難民ゼロプロジェクト」を実施し、自然災害に多く見舞われる我が国に外国人が安心して 滞在していただける環境を整備するための、2020年に向けたアクションプランが報告されたところです。そこには主にICTの利活用が主な取り組みとして掲げられており、国だけでなく、地方公共団体において同様にICT利活用の検討が求められています。
今回のワークショップでは「TSU・NA・GU」の検証を行うことによって、ITツール導入の利点が「スピードが向上する点」「システム化・平準化によって多くのボランティアが取り組めるようになる点」にあり、多言語情報支援においてITツール導入が有効であることを、確認しました。
しかしこれらのツール開発・導入の際は、今回アナログチームが見せたような外国人にも伝わる様々な工夫を、予めデザインに組み込めるよう、開発者やデザイナーと外国人住民や支援者とが一緒に検討しあうことが重要だということも、また確認することができました。
滋賀県や草津市では、ICT利活用のできる災害時外国人支援の体制を構築する上で、平時からより多様な立場の人々が関われるよう、平時からのネットワークづくりや検証を行いながら、実用的なITツールの導入を目指し、より多様な人・スキルをもって、外国人が抱える課題を解決してまいります。
※ その他参加者の意見・気付き
■デジタルチーム参加者
避難所の住所を翻訳しても、外国人にとってはあまり意味がない。むしろそれらはデジタルな位置情報で渡してあげた方がいいと思います。
■アナログチーム参加者
避難所に情報を届ける際、避難所内の掲示板の大きさは限られているため、外国語の情報だけで掲示板を埋めたら怒られることがある。その点 で、タブレットやスマホでも情報を届けられれば有効だと思いました。
■アナログチーム参加者
東日本大震災のときに感じたのは、いかに簡単で重要な情報を正しく伝えられるということ。避難所などの現場ではデマ情報がどんどん出てくるので、それを見た人はどれが正しい情報かいうのがわからないような世界になっている。同じ日本人でもそんな状況だから、外国人はもっと伝わりにくい。
■観察チーム参加者
別の自治体で行われた外国人支援の訓練で、翻訳者がGoogle翻訳を使っている様子を見たんですが、翻訳者に理由を尋ねたところ「行政の言葉が難しいので、言葉のニュアンスを知りたかった」と。つまりいくら翻訳者がいてもITツールがあっても、「そもそもの元情報がわかりにくい」という課題は共通しているんだと思います。
その他、観察にご協力いただいた成安造形大学の松廣さんが、下記ブログにて当日の様子をまとめていただいています。
(レポートはここまで)
(レポート後日談) 「デジタル」は人々を便利にし、「デザイン」は人々を幸せにする
こうやって振り返ると、デジタルチームは「支援者側」のほうを見ていて、アナログチームは「住民側」の方を見ていたという点で、違いが生まれたのかなという気がする。
「TSU・NA・GU」はそもそも災害多言語支援センターにいる支援者がもつ生産性の課題を解決すべくつくられたものなので、アナログチームでは成し得なかった「システム化・平準化によって多くのボランティアが取り組めるようになる」という点をワークショップによって確認できたことはよかった。
ただ良い意味で想定外だったのは、アナログチームの持つ「外国人住民の行動に基づくデザイン」の重要性も浮き彫りにできたことだ。「日本人と違って外国人には災害時行動の知識ストックがない」という気付きや、言語・文化の違いを踏まえた配慮は、彼らだからなし得たことであり、そんなお互いの強みもワークショップによって確認しあうことができた。ワークショップではずっと「アナログチーム」と呼んでいたが、「デザインチーム」と称していても良かったのかもしれない。
これは拙い私見だが、「デジタル」は人々を便利にし、「デザイン」は人々を幸せにするものだと思っていて、2017年2月に行ったこのワークショップは、そんな2者の役割を歯車的に機能させることの重要性を端的に示したものだったと捉えている。「行政×デジタル」の検討が始まるなかで、データとデジタルとデザインの関係については明確に考慮される必要があると考えるところ、このワークショップで得られた学びを県組織的に共有できなかったのは、なんとも心残りだ。
ちなみにこのワークショップから3ヶ月後、自分は「Policy Lab. Shiga」を立ち上げることになるのだけど、振り返ればこのワークショップで得られた学びも、立ち上げの背景にあったのかなと思う。