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第70話「潮彩の僕たちは宛てのない道を歩く」

「海ちゃんがそうしたいなら良いわよ」出勤の準備をしながら美鈴が言った。


特に気にしてる素振りもなかった。だから余計に言えなくなる。まさか、こうもあっさりと承諾するとは思わなかった。これで何の問題も起こらない。


「美鈴は良いの。僕が他で働くことは?」


「だって、海ちゃん、ずっとバイトのままでしょう。だから、きっと正社員になりたくないんだろうなあって思ってたの」そう言って美鈴は部屋着を脱いだ。


昼前に帰宅した僕、ちょうど起きていた美鈴に話したわけだ。知り合いの図書館で働かないかという誘いを受けていると。淡々と話したわりには、美鈴は理解が良く、どっちかと言うと興味がない感じだった。

それよりも、美鈴は変なスイッチが入ったみたいで……と言うと、語弊があるので正確には僕のスイッチが入ったのだろう。


「海ちゃん、我慢できないの?」と美鈴が言う。


話を折るようだが、こればっかりは仕方がない。部屋着を脱いで、ソファーに座っていた僕の膝に跨がる美鈴。部屋ではノーブラが当たり前だった。しかも、昨晩の余韻は少なからず残っている。それに、美鈴は誰にも持っていない魅力の持ち主だった。美鈴と付き合い始めてから思っていた。それは美鈴の裸が誰よりも美しく魅力的なのだ。


僕が初めて経験した女性。幼なじみの桃香は小さな胸にあどけない魅力がある。二人目の雛形朋美。豊満な胸の持ち主で、妖艶な魅力があった。四人目の長谷川千夏。彼女に関しては、二十歳の彼女と四十三歳の彼女が存在している。

ややこしいかもしれないが、彼女と彼女は同一人物なのだ。そんな千夏は、大人の清楚な雰囲気にエロスのある魅力を醸し出していた。


そして、北城美鈴は……


目の前の小さな胸に欲情が溢れた。無意識に乳首を触っては吸っている。桃色の乳首が愛おしい。薄い乳輪も愛おしく魅力的だった。僕は我を忘れるようにオーラルした。美鈴はゆっくりと味わって欲しかったのか、そっと僕に時間はあるから大丈夫と呟いた。

その瞬間モードは完全に切り替わり、引き寄せては唇を重ねた。巧みに舌を絡ませては、世界一柔らかい胸に溺れた。


「舐めて良いよ……」


美鈴のセリフに体位を入れ替えて、ソファーへ沈めた美鈴のパンツを下ろした。僕の舌は一直線に濡れた秘部を舐める。股へ顔を埋めて熟れた果実を頬張るようにオーラルした。

湿った声が漏れては溢れるジュース。荒くなった息。美鈴の果実を優しく壊れないようにもぎ取る。包み込むぬくもりに、僕は美鈴だけを想い抱いていた。


愛することは難しい。僕は本気で人を愛しているのだろうか?美鈴の中で包まれて、美鈴に魅了される僕が何人もいた。美鈴を見送った後、僕はしばらく美鈴だけを想っていた。別れる選択なんて、微塵もなかったのだろうか?潮彩の僕たちは宛てのない道を歩く。僕は美鈴から離れることができなかった。


その日の夜、僕は夢を見た。それはこれから起こる新たな出来事を暗示していた。二十歳の彼女が、どうして夢の中に現れたのか?

このとき、まったくわからなかった。それでも二十歳の彼女は現れた。そして、彼女は彼女を語り始めるのだった。


僕は本当の彼女を知らなかった。


それは不思議な夢だった。もちろん夢だから不思議であってもおかしくない。だけど、僕には不思議に思えた。何ら変哲のない部屋で目覚めた。目覚めたのは僕。ベージュの壁紙で正方形の部屋。ソファが一つだけ置かれて僕はそこで寝ているようだ。

目を開けた方向に、扉が一つだけ存在していた。扉と言っても銀色のドアノブだけが取り付けらている。枠なんて存在していなかったし、到底開くとは思えない。


『鍵のない扉を開けましょう』とは少し違うけど、何らかの共通はしているかもと少しだけ思った。夢の中の世界はなんでもありで、この際、ドアノブだけでも関係ないような気がした。

それにしても殺風景な部屋である。夢ならもう少し華やかな部屋にしても良かったのに。


そんなことを思ったとき、目の前のドアノブがぐるりと廻った。鍵穴が無かったので、良く目を凝らさないと見えなかった。確かに銀色のドアノブは音もなく廻っている。果たして枠のない扉は開くのだろうか?

僕はそんな心配をしてみたが、次の瞬間、扉の形へ切り取られたようにゆっくりと開いた。


心臓が高鳴り、僕はソファから立ち上がりそうになった。そして扉の向こうから来る人物を待つ。それが正しいと思ったからだ。今、動いてしまったら入って来る人物が、部屋に踏み込むのをやめると思った。

微かにキィギィンと奇妙な音を鳴らしながら扉が開く。そして、真っ白な肌に細い素足が部屋の境界線を超えた。


部屋に入って来たのは女性だった。真っ白なワンピースに裸足。きめ細やかな艶のある肌をしていた。僕と目が合うと、瞳の奥を神秘的な光で煌めかせて微笑んだ。その子は彼女と瓜二つだった。僕の知ってる彼女とそっくりである。だけど、違うようにも思えた。

何故かわからないけど。でも、確かに目の前で笑う彼女は北城美鈴そのものだった。


『彼女は記憶を忘れたのよ。地中海に沈めたかもしれないわね』


声もまったく一緒だった。真っ白なワンピースから見える身体のラインも同じように思えた。だけど、美鈴とは少しだけ違っていた。上手くは説明できないけど、製図を引くような正確さは欠けている。何度か似たような夢は見た。あれは二十歳の長谷川千夏が僕の思考という夢に現れたとき。

あのとき、僕は千夏と会話をしていたが、今回の夢は違うようだ。目の前に居る北城美鈴は一方的に話すだけ。僕と会話をしようとしなかった。


『忘れた記憶を探そうともしないわよ。彼女にとって、意味のないことなんだから。だけど、運命は時として闇を運んでくる。あなたは耐えれるかしら?』


彼女とは北城美鈴のことなのか?それとも違うのだろうか?深く考えるほど、答えは波に拐われて流されて行く。そんな答えを泳いで捕まえるのは至難の技だろう。今の僕は、その全てを持ち合わせていない。

だから、心の中で諦めていた。足掻き苦しむ泳げないペンギンみたいだ。


僕が不思議に思ったのは、二十歳の美鈴と夢で現れた美鈴が似ているだけじゃないということ。長谷川千夏を例にすると、千夏たちは年齢が違っていた。だけど、北城美鈴に瓜二つの彼女は、現在の美鈴と瓜二つだった。

つまり、二十歳の北城美鈴と二十歳の北城美鈴が存在している。これまでの流れを考えると、もう一人の彼女が現れたとき、必ずと言って暗示を伝えに来ている。だったら、彼女は何を暗示しているのか?


『本当の彼女を知ったとき、あなたは耐えれるかしら?私にとっても大事なことなのよ』


ワンピースから見える身体のラインが揺れると、僕は何もわからないまま目覚めるのだった。夏の蒸し暑い風を肌に感じて、身体を起こすと、隣で眠る美鈴を見つめた。そして頭の中で考えたのは、明日の夜も美鈴と瓜二つの彼女に会いたいと思っていた。


窓から熱を帯びた風が、カーテンを何度も何度も揺らしていた。


第71話につづく

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