葉桜(hazakura)

小説や散文詩などを書いています 気まぐれでイラストなども お暇なときに寄り道して頂ければ幸いです

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小説「レジ打ちの棚内昭子は世界の数字を支配している」

独身の棚内昭子はこの道のプロである。この道と言うのは、スーパーのレジ打ちであった。地元のスーパーで働き始めたのは二十歳の春。 気が付けば28年も働いていた。年齢も四十八歳と肌の折り返し地点に迫る。見た目は四十代前半に見られるが、年々足腰が弱くなってきてると、最近の昭子は口にしていた。 それでもレジ打ちに関しては年々速くなると言っていた。つまり昭子は歳を重ねるごとに、レジ打ちのスピードが上がっているという訳だ。 それでも日によって調子が悪い時もあると教えてくれた。尋ねると

    • 第42話「黒電話とカレンダーの失意」

       月日が流れて、冬の夜が窓に張り付くように冷たい空気が覆った。  骨折した足も随分と良くなり、松葉杖を使用することもなくなった。あれから何度か通院していたが、不思議と月乃さんと出会うことはなかった。  話したいことがあったのと、自分の気持ちを確かめたいこともあったからだ。  そんなとき、アパートの郵便受けに一通の手紙が入っていた。切手の貼っていない白い封筒。久しぶりの封筒に胸がざわついた。  封筒を郵便受けに入れたのは、赤い屋敷の婦人(と言っても婦人自ら封筒を入れてる

      • 第41話「黒電話とカレンダーの失意」

         肌寒い空気が縦付の悪い窓から部屋へ流れてきた。僕が肩を震わせたので、チャコは立ち上がると、部屋の傍らに脱ぎ捨てられた部屋着を手にして渡してくれた。  すると、肌着一枚で下を履いてないチャコがクシャミをしたので、僕は毛布をかけて包み込むように抱きしめた。 「下着履かなくても平気?」 「ん、とりあえずは」とチャコはそう言って、僕の手を握りしめて笑う。 「聞きたい?私とお姉さんが話した内容…」 「うん。教えて欲しい。どんな話しをして、霧子姉さんは何を言ったの?」 「三

        • 第40話「黒電話とカレンダーの失意」

           朝日が昇る前、毛布の中で包まっていると誰かの鳴き声が聴こえてきた。  目を開けるとチャコの寝顔があった。僕はそっと艶っぽい唇へ指先で触れるように伸ばした。触れた瞬間、チャコが目を開けて小さな声で「おはよう」と呟いた。僕たちはお互い裸で身体を寄せあうようにしていた。 「起きなゃ。雫が泣いてる」とチャコが身体を起こした。  薄暗い部屋の中、チャコの綺麗な乳房が目に映る。彼女が恥ずかしそうに胸元を隠すと三年前と変わらない笑顔を浮かべた。僕は見惚れて手を伸ばすとチャコの頬に触

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        小説「レジ打ちの棚内昭子は世界の数字を支配している」

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        • 潮彩の僕たちは宛てのない道を歩く
          77本
        • 葉桜通信
          6本
        • 読切作品
          23本
        • 琵琶湖の飛び魚と呼ばれた男
          2本
        • 山小屋の階段を降りた先に棲む蟲
          3本
        • 合作小説きっと、天使なのだと思う
          10本

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          第39話「黒電話とカレンダーの失意」

           梟の鳴き声がアパートまで聴こえたのは初めてのことだった。襖を開けて寝室で寝ている雫の寝顔を覗いたとき、遠くの方から微かな音を耳にした。 「今の聴こえた?」と僕は襖をゆっくり締めると背後のチャコに向かって訊ねた。 「ん、何かしら?」とチャコが窓の方を見ては聞き返す。 「昔さ、二人でよく行ってた神社があるだろう。ほら、林で囲まれてた神社だよ。覚えてない?」 「覚えてるよ。一路くんが告白してくれた場所だもん」とチャコが笑顔で答える。  二人の思い出を語るのは、あの頃の二

          第39話「黒電話とカレンダーの失意」

          第38話「黒電話とカレンダーの失意」

           台所で洗い物をするチャコ。テレビは夜のニュースを放送していた。ブラウン管の向こうでは都内で起きた殺人事件を、女性アナウンサーが悲痛な表情で内容を伝えていた。  世の中では一人の人間が何の前触れもなく死んで、どこかで新しい生命が誕生してる。そんな偶然にも似た出来事が日々繰り返される。  そんな日々の暮らしの中、僕は一人の女の子がブラウン管の前で寝ている姿を眺めて、どこか他人事みたいな顔をしていたんだ。命の大切さを重んじているはずなのに。  彼女のことを、自分と繋がってい

          第38話「黒電話とカレンダーの失意」

          第37話「黒電話とカレンダーの失意」

           日暮れが早くなった季節、僕のアパートでは食欲をそそるような匂いが漂っていた。チャコが作り始めたカレーライスに懐かしい匂いを感じる。運命とは偶然なのか、三年前の夏、姉さんが最後に作ったカレーライスを思わせる。  だけど、チャコがカレーライスを作ってくれたのは偶然だし、姉さんが作るカレーライスとは違う。そんなのは当たり前だけど、不思議と運命とは偶然なんだと思えて仕方がなかった。  一人娘の雫は、テレビのアニメに夢中で僕と会話をすることはなかった。僕は自分のアパートだけど、遠

          第37話「黒電話とカレンダーの失意」

          第36話「黒電話とカレンダーの失意」

           頭の片隅で青年が言った言葉を繰り返す。瑠璃婦人からの質問に対して、決して『いいえ』とは答えちゃいけないんだと。  僕の暮らしを心配して、瑠璃婦人は屋敷へ招いてくれた。僕一人残した姉さんが瑠璃婦人と、どんな関係だったのか知らないけど、これも姉さんが瑠璃婦人と知り合いじゃなかったら、僕はあのまま心まで腐り、残りの人生を無駄に過ごすような暮らしで終わっていたかもしれない。  ほんのり甘い紅茶を一口飲んで、テーブルの上に置かれた瑠璃婦人の手に嵌められた指輪が目に入る。  どれ

          第36話「黒電話とカレンダーの失意」

          第35話「黒電話とカレンダーの失意」

           幅二メートルほどのアンティークテーブルを挟んで、僕は婦人の言われるままに席へ着いた。婦人の座ってるアンティークチェアーと全く同じチェアー。僕みたいな人間が座っても良いのだろうかと、遠慮がちになってしまう。 「初めまして暁瑠璃(あかつき・るり)と申します。まずは城之内一路くんに謝りますね。理由も告げることなく招いたこと、そして我々の身勝手な行動は、あなたを嫌な気分にさせました。どうもすみませんでした。心から謝りたい。これから私の話せる範囲で御説明させて頂きます」と瑠璃婦人は

          第35話「黒電話とカレンダーの失意」

          第34話「黒電話とカレンダーの失意」

           石垣に囲まれた一軒の屋敷。真っ赤な屋根に真っ赤な壁。屋敷全体が真っ赤に染まっている。門扉が自動的に開いて、車は中庭へと進んだ。左右を見渡すと色鮮やかな花や植木が綺麗手入れされて、誰もが魅入ってしまうような立派な庭が広がっていた。西洋風の庭に裸体の銅像が何体か置かれており、そのうちの一体に僕は心を奪われた。  髪の毛の長い女性をモデルに彫られたものだろう。インパクトのある身体のラインが印象的で、腰に巻かれた布地から覗く太ももが美しい丸みを魅せていた。乳房の形も美しい形状で彫

          第34話「黒電話とカレンダーの失意」

          第33話「黒電話とカレンダーの失意」

           ~三年前の夏~  葬式が終わった日から、僕の暮らしはずいぶんと変化した。変化したのは僕自身で部屋に篭っては、霧子姉さんの残したモノを貪るように食べていた。  自分を見失って、生活が乱れていくのがわかった。新聞受けに溜まったチラシは溢れて玄関の内側へ散乱している。流し台は食器が汚れたままで積み重なっていた。  数日後にはゴミ屋敷へと変わってしまうだろう。部屋の所々は埃が塊みたいに舞って、トイレから異臭さえする始末だ。そんな状況になっても生活する僕は、腐った死体みたいに意

          第33話「黒電話とカレンダーの失意」

          第32話「黒電話とカレンダーの失意」

           松葉杖で階段を上がるのは、見た目よりキツくて、チャコの肩を貸してもらう必要があった。一歩一歩ゆっくりと踏み外さないように上がる。肩に手を回したら、距離が一気に近寄り、僕たちは恋人同士の頃みたいにお互い歩み寄るのだった。その前で、雫が笑いながらチャコに向かって応援していた。  可愛らしい光景に自然と妙な感覚が芽生える。ひょっとして、父親の使命感が湧き上がったのか?  階段を上り終わると、チャコが自然な感じで手を握ってきた。なんだか松葉杖を使うのも躊躇してまう。握りしめた掌

          第32話「黒電話とカレンダーの失意」

          第31話「黒電話とカレンダーの失意」

           突然、音が鳴った瞬間に月乃さんの腕が離れた。僕も聴きなれない音に驚いて、肩がビクッと動いた。どうやら音の正体は月乃さんのポケットからだった。 「ごめん、呼び出しみたい」と月乃さんはポケットからポケベルを取り出して言う。 「そろそろ戻らなきゃ。もう平気でしょう。一路くんも部屋に戻って寝なさい」と月乃さんはそれだけ言うと立ち上がって、扉の方へ振り向いた。 「お母さん、見つかると良いね」  扉の閉まる音が耳に聴こえたあと、待っていたのは部屋の沈黙と胸の鼓動が追いかける音域

          第31話「黒電話とカレンダーの失意」

          第30話「黒電話とカレンダーの失意」

           窓ガラスの前に立って、ガラス越しに映った自分を見つめた。僕に霊感があるなら、背後に立っている姉さんの姿が見えるはずだった。 「はは、見えるわけないか」と僕は吐息を混ぜて呟いた。 「月乃さんに見えて、僕は見えない。やっぱり死んだ人の魂は、何か特殊な力がなければ見えないんでしょうか」 「特殊な力というか、選ばれた力かもしれないわね。だけど、私だってしょっちゅう見えてるわけじゃないからね。普段から見えてたら大変よ。それに、今は一路くんの背後に誰もいない。誰かいたら感じるわ」

          第30話「黒電話とカレンダーの失意」

          第29話「黒電話とカレンダーの失意」

           薬指を擦るように摩る仕草が目に入った。僕は月乃さんの癖みたいな仕草を発見した。ぬるくなった緑茶の底を見ては、あの夜の光景が頭の底でいつまでも発見されない宝箱として残っている。開けることを禁じて、思い出すことを封じ込めたみたいだ。  鍵は僕自身の心で、いつだって開け閉めができた。だからあの夜の光景を宝箱に閉じ込めている。そんな宝箱を開ける日が来るなんて思いもしなかったけど、僕は心の鍵で開けた。 「一路、先に行ってくれる。姉さん忘れ物しちゃったみたい」 「そうなの?それっ

          第29話「黒電話とカレンダーの失意」

          第28話「黒電話とカレンダーの失意」

           アパートを駆け上がる階段の音が聞こえたとき、三度目の黒電話が鳴り出した。部屋の扉が開いて、霧子姉さんが買い物袋をぶら下げて入って来る。  入るなり何も言わずに電話へ出ると、いつもみたいにかかってきた電話へ対応をしていた。姉さんの表情から、数分前にかけてきた男の電話じゃないことはわかる。きっと、母親の詩子との会話のやり取りなんだろう。  いつものように一言二言返事を返して、そっと受話器を下ろしてカレンダーに視線を移した。 「一路、お腹減ったでしょう。すぐに夕飯作るわね」

          第28話「黒電話とカレンダーの失意」