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第33話「潮彩の僕たちは宛てのない道を歩く」

白に近い光は、やがて薄暗い光に調節された。瞼の上から感じる程良い光は私の感覚を現実へと呼び戻す。

目を開けると、上から私が私を見つめていた。天井全体が鏡張りになっており、鏡の中で横になった私が映っていた。私は知らない部屋に飛ばされた。この異常な光景に言葉を失った。闇の中から手を握った人物は何処に行ったのか?

私は真っ白い円卓のベッドで寝ているようだ。シルク生地のシーツに冷たさを感じた。それはそうだろう。私は服を着ていなかったので、肌にひんやりとしたシルク生地のシーツが裸という状態を教えてくれた。

私は思わず、身体を丸めてシーツの中へ隠れるのだった。


何故なら、誰かの視線を感じたからだーーーーベッドで横たわる私を誰かが見つめているーーーー


シャワーを浴び終えると、ベッドで横たわる桃香を見つめた。恥ずかしそうに桃香はシーツで顔半分を隠した。大人の成人式が終わって、僕たちは会場をあとにした。

話したいことは山ほどあった。僕とはぐれてから、桃香はどこで何をしていたのだろうか?桃香は大人の成人式の隠れたルールを知っているのか。


『潮彩の僕たちは宛てのない道を歩く』。僕は桃香とはぐれていた時間を埋め合わせたかった。それは願望でもあったし、サンドイッチの中身を食することでもあった。


あの数分前に体験した世界。それは僕の世界であり、桃香とセックスを望む世界への入り口でもある。僕の思考を読み取る力。感性が研ぎ澄まされて、そんな特殊な力が生まれたのか?

僕には到底理解出来ない力だった。桃香は何も言わず、僕の願望を叶えてくれる。拒むことはしない。僕の思考を読み取り、セックスをするためにホテルへと入った。


僕はゆっくりと近寄ると、桃香の白い足を触ったーーーー


足音がかすかに聞こえた。それでも姿は見えない。吐息のような白い綿が見えた気がした。シーツで顔を半分隠して、私は白い綿から視線を外さなかった。

大人の成人式は終わったけど、まだ終われない大人たちを知った。それはこれから体験する不可思議な出来事のあとだったーーーー


手のひらで隠した胸に、僕は初めて大きさを意識した。もちろん、初めて経験した女性は桃香だけ。今現在、僕の女性経験は一人だけになる。もう一人は見知らぬポニーテールの女の子で現実じゃなかった。


鏡の僕は、鮮明に覚えているかもしれない。そんな記憶から比べてしまったのか、小さな胸へ手を添えたとき、手のひらで隠れた小さな胸に愛おしさを感じたーーーー


白い吐息だとわかったとき、私は凍えているのかと思った。目の前に現れた人物は私を見つめている。と言っても姿や形は存在していなかった。見えるのは白い吐息と妙な感覚だけ。

かすかに聞こえる足音が、私の気持ちを左右に揺らした。シーツから顔を半分出して近寄る人物を見つめた。足元のシーツがピアノ線でめくるように動いた。

揺らめくシーツの波が、裸の肌に滑り込む。そして、ぬくもりのない感触を太ももに感じるのだったーーーー


ベッドの崖からチーズがとろけるようにシーツは音もなく落ちた。露わになった桃香の裸に、僕は唇で印を付けるように触れた。愛の音域を奏でるような声に、僕の指揮棒が熱く反応していた。

柔らかい胸と、小高い乳首を口に含んで柔らかい茂みに手を伸ばした。濡れた指先を確かめるように桃香に触ったーーーー


初めて異性から触れられる。私にとって、恐怖と好奇心の連続だった。

私はぬくもりのない指先を確かめるように、見えない手のひらをそっと掴んだ。世界はひとつじゃないと知った瞬間でもあったーーーー


僕とはぐれたあと、桃香はパーティションの周りをぐるぐると歩いていたらしい。時間にして十分ぐらいと話してくれた。

ラブホテルをあとにして、僕たちはホームで始発電車を待っていた。桃香は隣町に住んでいたので、僕が見送ることになった。それにしても、不思議な世界に迷ったようだ。

一体、大人の成人式とはなんだったのか?やっぱりルールを破った僕と桃香は、大人の成人式に参加する資格はなかったのだろうか。

誰も居ないホームのベンチで、二人して並んで座ったあと、連絡先を交換した。後日会う約束をした僕たち。あの夜降っていた雪は、僕の記憶を消すように溶けてなくなっていた。


電車が来るまで、僕らはこれと言って会話はしなかった。だけど、僕らは同じことを考えていたのだろう。

潮彩の僕たちは宛てのない道を歩くーーーーそんな思いを描きながら、僕と桃香は電車を待つ間、ずっと手を繋いでいたーーーー


『触れたら終わりなんだね』ーーーーと、白い息を吐きながら男の子は呟いた。吐息の向こう側で聞こえた声に、私は男の子なんだと思った。

それを最後に瞼は閉じられた。そして再び私は、暗転した世界へ吸い込まれるのだった。


顔の見えない男の子の声だけが、いつまでも耳に残っていた。


第34話につづく

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