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【創作百合】2ー声

天での私の仕事は専ら歌う事だった。それが一番好きだったし、神様も歌を褒めてくれた。

歌を専門に奉仕していた天使は他にもいた。楽器を専門にしている天使もいた。いつも練習のために集まって、ずっと歌っていることが楽しかった。いつもと変わらないように思えたある日、突然私は地上に送られることになった。  

神様は私に言った。
祈りが聞こえた。エリス。お前を遣わす、と。  

気付くと私はチャペルの中にいた。誰もいない。昼間なのか、ステンドグラスから差し込む光が絵柄をはっきりと床に映し出していた。

ふと、誰もいないように見えたチャペルの端に人影がある事に気付いた。短い髪、表情は見えない。
しばらく遠くから観察していた。ふと、その人は顔を上げてじっと十字架を見上げる。感情が読み取れない。悲しいのか、寂しいのか、その両方なのか、どちらでもないのか。そんな事を考えている時、突然その人は口を開いた。

あまりにも不意だったので、よく覚えている。その人が切なくて美しい声で歌うものだから。声を聴いて、その人が少女だということが分かった。その子はルフナという名前だ、と神様が私にそう教えた。  

ルフナは儚げで透き通った声で賛美歌を歌った。彼女は、「主よ、あなたは私をご存知です」と歌い、静かに泣いた。  

その日から私はルフナを遠くから見ていた。彼女は学校が好きじゃないみたいだった。いつも昼休みになると軽食を買っては人混みを避けて中庭やチャペルに一人で向かった。少し話をする友達はいるみたいだったけれど、ルフナは自分に自信がないみたいだった。

日曜日には教会で歌の奉仕をする。教会で歌うルフナは楽しそうに見えた。その役割が貰えたことが嬉しいんだとよく分かった。私と同じ。

礼拝で歌うルフナはとても厳かで、それでいて自由で、彼女の心が溢れてくるように感じる。私は彼女の歌が大好きになった。
思わず、私は彼女と一緒に歌っていた。
彼女が歌う時私も歌った。彼女と一緒に。
それがとても幸せだと感じた。  

ごく一部の人には私の歌う声が聞こえるらしい。
礼拝が終わると、ルフナと立ち話をしてその事を話す人が時々いた。ルフナはいつも、ほんとですか?とか、そうなんですか?とか、へぇ?なんて言いながら興味深そうに話を聞いていた。彼女には私の声は聞こえていないみたいだ。その事にがっかりしている自分に気付いて、別に私は彼女に気付いてもらうために歌ってるわけじゃないのに、と頭を振った。

でも。それでも彼女と歌っている時は、彼女と繋がった気がしていたんだ。彼女と自分がまるで相棒になったみたいに。…そんなわけないのに。

いつものような昼休み、ルフナはいつもと同じように軽食を買って中庭を抜けた。チャペルに人はいない。ルフナは長椅子に腰掛けて、あの日みたいに、あの日によく似た表情で、十字架を見上げた。ルフナを見守るようになってどれくらい経っただろうか。優しくて聡明だけど、不器用で人見知りで臆病な子…私がずっとそばに居てあげる。あなたが知らなくても、あなたが私に気づかなくても…そう思ったら、なんだか泣きそうになった。

「…あなたは、僕の友達になってくれますよね…」

ハッとして顔を上げた。
突然ルフナがそう言ったのだ。ルフナは椅子に座ったまま俯いていた。

「えっ…」
そんなはずないのに、自分に言われたのかと思って、思わず声を出してしまった。そんなはず…でももしかしたら?いや、そんなわけない。

すると、すぐにルフナは驚いたように振り返った。真っ直ぐに私を見て、「えっ?」と言った。私は見つめられてそのまま放心していた。我に帰るとすぐに辺りを見回した。見ているのは私じゃなくて、話しかけたのも私じゃなくて、他の誰かのはず。でも、そこには私とルフナ以外誰もいなかった。

ルフナが私を見ている?私に話しかけている?

混乱の中でかろうじて、私はこう答えていた。

「えっと…あの、もちろん…です…」

絵の勉強をしたり、文章の感性を広げるため本を読んだり、記事を書く時のカフェ代などに使わせていただきます。