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第31話「世の中はコインが決めている」
寝起きに携帯電話で時間を確認すると、午前十時を過ぎていた。隣で弓子さんも目を覚ましたので、おはようございますと声をかけた。
すると、タオルケットを口元まで隠して、弓子さんが少し照れたように挨拶を返してきた。どうやらスッピンなのが恥ずかしいみたいだ。
「あんまりこっち見ないでよ」と弓子さんが言う。
「見ないでって言われると、余計に見たくなりますよ」
「ダメ、男って女のスッピン見たとき、冷めるじゃん。良く聞くわよ」
「そんなことないですよ。僕は弓子さんの魅力的な笑顔が好きです」と僕自身が驚くような発言をした。
一昨日、別の女性と寝てるくせに、その女性に対しても魅力的だとか好きだなんて言っている。ホントに僕は何か勘違いしてしまっているのだろう。勘違いしてると、自覚があるのは救いかもしれない。
「引かないでよ」弓子さんはそう言って、口元からタオルケットを下へずらした。
眉毛は薄かったけど、シミもなく肌は綺麗だった。お世辞抜きで年齢の割には可愛らしい。それが僕の正直な感想だった。恥ずかしそうにする弓子さんに、僕は胸がキュンとした。そんな彼女に対して、僕は自然に唇を重ねるのだった。
朝食兼、昼食を二人で食べ終わったあと、コーヒーを飲んでゆっくりと過ごすのだった。遅番だと言っても一度帰ることになり、弓子さんが車でマンションへ送ってくれた。
「へぇ、いいところに住んでるのね」と八階建てのマンションを車のフロントガラスから見上げて言う。
「一人暮らしには広すぎますよ。そうだ、今度は僕の部屋に来て下さい」
「そうね。はじめくんが良ければお邪魔しましょう。でもさ、私みたいなおばちゃんなんかより、もっと若い子と遊びたいでしょう」と弓子さんが半笑いで言う。
「そんなこと言わないで下さい。歳なんて関係ないですよ。気持ちで付き合うものなんだから。是非今度は僕の部屋で過ごしましょう」
よっぽど嬉しかったのか、弓子さんは照れながら僕と口づけを交わしてから帰って行った。我ながら恐ろしいほど口が回る。
きっと、僕は歳上の女性に対して、心から好きという感情が溢れてしまうのだろう。
この歳になるまで、僕の中にそんな感情があるなんて気がつかなかった。走り去って行く車を見送ったあと、僕はエントランスへ向かった。
「はじめくん!」と不意に誰かが僕の名前を呼んだ!?
声のする方へ振り向くと、一人の女の子が立っていた。あの日以来、その子と会っていない。随分前の出来事だと思ったけど、あの日から数日しか経っていなかったのだ。
そう、僕と女の子は知り合いだ。あの日、バレンタインデー以来の再会だった。
第32話につづく