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第8話「蛇夜」

大学時代の後輩、羽鳥武彦から相談を受けた奇妙な話。一通りの話を聞いてから、僕は解明することを決断した。そこである提案を彼にお願いした。

それは実際の現場へ立ち会いたいという提案だった。夜も深まる時刻、氷の溶けたウィスキーを飲み干して、彼からの返答を待った。


「先輩が望むなら結構です。ここ最近は残業する人も少ないですし、僕一人で残ることが可能なので、そのときに会社の方へ来て頂ければ大丈夫だと思います」と羽鳥武彦は快く申し受けてくれた。


そうと決まれば、明日でも伺いたいと願った。問題ないと羽鳥武彦は言ってくれたので、もう一つワガママを言ってみた。


「妹さんを連れて来る?先輩の妹さんって、桜子さんですよね。確か仲の悪い」と羽鳥武彦が気を使うように訊き返す。


「ああ、桜子じゃなくて、妹みたいに可愛がってる親友が居るんだ。なかなか勘の鋭い子でね。何かの役に立つと思ってね」


「わかりました。それでは明日の夜に会いましょう。時間は追って連絡を入れます」と羽鳥武彦はそう言って、遅くまでありがとうございましたと電話を切るのだった。


電話を切ったあと、僕はすぐ様、酒井雫へ連絡を入れた。何回かコール音が続いたあと、気怠そうな声で雫が電話に出る。第一声は「何時だと思ってるのよ」と文句を言う。チラッと部屋の時計を見ると、確かに文句を言われそうな時間帯だった。


「明日の夜、付き合わないか。バイト料は弾むから」と僕は何の説明もなくいきなり言った。


「はいはい」と雫は返す。そのあと電話を切られた。


ツゥーツゥーツゥーと通話が切れて、雫がキレているのが想像できる。このパターンは来るだろう。折り返しの電話をする事なく、僕は後輩から相談を受けた奇妙な話を頭の中で整理する。

明日の夜、何か起こるかもしれない。そんなワクワク感を胸にして、僕は想像して目を閉じた。


そして翌日、陽が沈んで辺りが暗くなった頃、仕事を中断してお気に入りの珈琲豆を選ぶ。そろそろ彼女がやって来る頃合いだろう。タイミング良く家のチャイムが鳴り、僕は玄関へと向かった。予想通り、酒井雫が玄関扉を開けて、我が家のように入って来た。


「お兄ちゃん、ちゃんと説明してくれるんでしょうね!」と雫が突っかかるような態度で訊いて来る。


小さめのTシャツにジーパンというラフな格好をした彼女。いや、Tシャツが小さく感じたのは、胸の大きさが関係している。ぱつんぱつんに強調された胸元は、明らかに男からの視線を集めようとしていた。

なんて言ったら今度こそ、本気で起こるだろう。


「やぁ、悪いね。実は面白い話があって。是非、雫にも付き合ってもらおうかと思ってね。なぁに、危険な目に合うわけじゃないから心配はないよ。とても興味深い話なんだ」と彼女をリビングに招いて、淹れたてのアイスコーヒーをテーブルに置いた。


キンキンに冷えたアイスコーヒーを飲みながら、今夜のお楽しみ会について話した。雫は興味なさそうな顔をしていたが暇つぶしに良いかもと呟いた。


「でも、それってホントに大丈夫?呪われたりしないよね」

「そんなわけないだろう。きっと秘密があるんだよ。僕はその秘密を知りたいだけさ」

「お兄ちゃんって、昔から奇妙なことに首を突っ込むよね。まぁ、良いわ。今夜だけ付き合ってあげる」


こうして、僕と雫はマンションをあとにして、羽鳥武彦の勤める会社へタクシーで向かった。向かう途中、彼から連絡が入り、十九時過ぎには社員が居なくなると言われた。

これで誰にも邪魔されずに調べることができる。既に頭の中で計画は立てていた。


日比野鍋子のことを知りたかったら、事件前の様子を体験すれば良い。情報は少ないが、僕の考えでは、ある程度推測できる。もちろん彼にも手伝ってもらうけど。


タクシーが都心部へ走ってるとき、時刻は午後十九時半をもうすぐ過ぎようとしていた。彼の会社へ着く頃、ちょうど良い時間だろう。


銀座の中心部に建つ高層ビル。その六十六階が彼の勤める商社だった。ネオンの光が目立つ街中で、僕たちを乗せたタクシーが高層ビルの真ん前に到着した。


支払いを済ませて、ビルの中へ入って行く。スーツ姿のサラリーマンとすれ違う中、僕たちはエレベーター乗り場へと向かった。


ここへ到着する前、聞いていた場所からエレベーターへ乗れば、彼の会社は目と鼻の先である。七十階建ての高層ビル。殆どの会社が、一部上場の商社ばかりだ。ここへ働きに来てる人は、さぞかし有名な大学を卒業した堅物な人間だろう。


そう考えると、現代も学歴社会が世を占めていると思えた。


そしてエレベーターに乗り込み、目的の階、六十六階のボタンを押すのだった。さて、どんな奇妙なことが待ち受けているのか?

スムーズに上昇するエレベーターの中で、僕の興味体温計はエレベーターの上昇に合わせて熱を上げるのだった。


第9話につづく

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