図書館の彼女 5.
僕は三日ぶりに大学図書館に足を踏み入れる。図書館で美空さんの顔を見ることが、僕のささやかな楽しみになっていた。
彼女の影響からか、僕も今まで敬遠していた欧米文学を書店で手に取るようになった。まずは、彼女が好きなシェイクスピアやトルストイあたりから読み始めようと思う。
僕がいつものように階段を使って地下二階の書庫に下りると、そこには美空さんのほかに、茶色気味でショートカットの女の子がいるのが見えた。すると彼女は、右手で美空さんの左頬を思いっきり引っ叩いた。はち切れるような音が、辺りにこだまする。
そして、彼女は逃げるようにして階段を上る。すれ違いざまに見たショートカットの彼女は、悲しそうな表情を浮かべていた。
僕は目の前で起きた一瞬の出来事が理解できなかった。なぜ美空さんは、ショートカットの女の子に引っ叩かれたのだろうか。なぜ引っ叩いた彼女は、悲しそうだったのだろうか。頭の中を整理したくても、整理をする素材が見つからなくてできない。
美空さんは僕に気付いて、「おはよう、航くん」といつもの上品な笑顔を作った。でも、やっぱり目は笑っていないし、左頬がほんのりと赤くなっている。
「美空さん、大丈夫? ビンタされてたけど……」
「えっ? ああ……見られてたんだ」
美空さんは赤い左頬を、左手で隠すように触り、目線も床に落とす。彼女は平静を装っているつもりだけれど、動揺しているのは明らかだ。
「さっきの人は?」
「私の友達よ。ちょっと、喧嘩しちゃって」
「そうなんだ……」
美空さんはとても悲しそうだ。この場の雰囲気を変えたいのに、自分では力不足な気がする。僕は彼女の悲しむ姿を見るために、ここに来たわけでは無いのに。
「ねえ、航くんの友達ってどんな人?」
自分から重い空気を断ち切ろうとしたのか、美空さんは僕にそんな質問をした。
「UFOばっかり追いかけている奴だよ。そんなの、一生見つかりっこないのに」
僕がそう言って笑うと、美空さんも一緒に笑う。
「面白いね、あなたの友達。航くんは見つかりっこないとか言うけど、私はUFOが見つかる方に賭けるわ」
僕が「どうして?」と聞くと、美空さんはふふっと笑みを浮かべて、「だって、最初から出来ないって決めつけたくないから」とはっきりと言った。
「そんなもんかなあ」
「奇跡は誰にだって起こせるんだから、そういう奇跡が起きたっていいんじゃない」
美空さんはそう言った後に、「やだ。何言ってるんだろう、私」と恥ずかしそうに呟いた。僕は思わず笑みをこぼした。また、つられるようにして、彼女も笑顔を作る。それでも、やっぱり彼女の目は笑っていなかった。
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