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図書館の彼女 4.

「また、ここに来ていいかな?」
 瓜生さんが階段を上がっていった後、僕は美空さんにこう切り出した。こんなことを聞くなんて、下心でしかないけれど、僕はなぜか、彼女と一緒に時間を過ごしたいと思っていた。
「もちろん。待ってるわ」
 彼女の答えは即答だった。そして、航君ともっと話してみたいから、と続けた。
「ありがとう」
 僕がお礼を言うと、美空さんはくすっと笑う。そして、「ありがとう」と彼女もお礼を言った。僕が何で? と聞くと、彼女は「何でもない」とはぐらかした。

「お前、彼女に惚れてるだろ」
 僕と春樹を居酒屋へ飲みに誘った先輩の中山文也(なかやまふみや)さんは、口に含んだビールを飲み干した後にこう切り出した。
「なっ、何ですか急に」
「お前は最近、毎日のように図書館に来て、地下二階に行ってるじゃねえか。あそこには、基本的に進藤美空ちゃんしかいないんだよ。図書館のバイトの中じゃ常識だよ」
 文也さんはグラスに入ったビールを勢いよく飲み干す。いつも通りの豪快な飲みっぷりだ。
 文也さんは大学院で量子物理学の研究をしながら、図書館でアルバイトをしている。僕たちが出会ったのは、大学のバスケサークルだった。当時四年生だった文也さんは僕のことをいつも気にかけてくれたし、僕が自信を無くしてサークルを辞めた後も、これまで通りに接してくれた。そして友達の春樹も誘って、一緒に飲みに誘ってくれるのだ。
「俺はそんなつもりじゃないんですけど……」
「じゃあ、どういうつもり?」
 僕が答えに詰まっていると、横でウーロン茶を飲んでいた春樹が横槍を入れてきた。僕は気分を落ち着かせようとして、ビールを口に含む。
 確かに、僕はいつの間にか美空さんを好きになっていた。彼女の黒くて長い髪も、本のページをめくる細い指も、スカートから伸びる華奢な脚も、上品で優しげな笑顔も、何もかもが愛おしく感じる。
 でも、それだけでは無い気がする。いつも彼女の目は、憂いを帯びているようなのだ。笑顔を作っているのに、目は笑っていなくて、そこはかとなく悲しそうだ。なぜそう見えてしまうのだろう。
 僕が春樹の質問に対する答えを答えないでいると、春樹は諦めたような顔をして、「UFOは見つかりそうか?」と話を振ってきた文也さんと話し始めた。
 僕はそんなことは気のせいだと思い、グラスに残っている僅かなビールを飲み干す。そして、グラスをテーブルに叩きつけるように置いた。
 あの後のことは全く覚えていない。春樹から聞いた話によると、僕はビールを浴びるほど飲んでまともに歩けなくなったので、酒を一滴も飲んでいない春樹に背負われながら家まで帰ってきたらしい。あいつはビール一杯飲んだだけでリバースするほど酒が飲めないのだから、こんな役回りを引き受けざるを得なかったのだろう。

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