図書館の彼女 3.
いるはずが無いと思う。でも、確かめずにはいられなかった。初めて彼女と出会った図書館地下二階の書庫。僕は、さっき否定したばかりの希望をどこかで持っていたのかもしれない。
地下二階へと反響する足音とともに降りる。おそらくいないだろうと、心では言い聞かせる。期待をすると、その期待にそぐわない結果が突きつけられた時に、大きなダメージを負うからだ。ダメージを最小限に抑える方法、それは過度に期待しないことだ。
書庫へたどり着くと、そこには椅子に座って文庫本を読んでいる進藤さんの姿があった。意外だった。彼女がここにいるとは、万に一つもありはしないと思っていたから。
進藤さんは僕に気付き、うっすらと笑みを浮かべて、「久しぶり」と声をかけた。
「久しぶり。ここにいたんだ」
僕は驚きを隠しながら挨拶する。
「ここにいるのが落ち着くの。あまり人が来ることも無いから」
進藤さんはそう言って、読んでいる本のページをめくる。そして、また本を探しているの? と聞いてきた。僕は、何となく来ただけ、と歯切れの悪い言葉を返すにとどめた。君を探しに来ただなんて、口が裂けても言えない。
「ねえ、杉本くん」
「下の名前でいいよ。航で」
「そう? じゃあ私も美空でいいよ。航くんは大学、楽しい?」
美空さんの言葉に、僕は思わずどきりとした。僕はあまり大学生活を楽しいとは思っていない。楽しいと思える時は、春樹といる時だけ。何だか彼女に見透かされたような気がした。
「そこまで、楽しくは無いかな。将来が不安すぎて。何もかもが最悪に見えるんだ」
僕が不安を口にすると、美空さんは頷きながら、ふうん、そうなんだと相槌を打つ。
「航くんって悲観主義者(ペシミスト)なんだね。シェイクスピアは『世の中には幸も不幸もない。ただ、考え方でどうにもなるものだ』って言葉を残してるの。だから、将来を悲観するよりもプラス思考で考えた方がいいんじゃないかな」
美空さんは、そう考えるのって結構難しいんだけどね、と付け加えて口元を緩めた。
「美空さんは、大学は楽しいの?」
僕がそう聞くと、美空さんは何の言葉も発さずに俯いた。その後、顔を上げて「楽しいわよ。とても」と笑顔を作った。
僕たちがそんな話をしているとき、階段を降りてくる足音が聞こえてきた。僕たちが階段の方に目をやると、一人の背の高い中年男性が階段を降りてここにやってきた。彼は驚いたような顔で、僕をじっと見つめる。
「瓜生(うりゅう)さん」
美空さんは、突然彼の名前を呼ぶ。瓜生と呼ばれたこの男性は、「ああ」と少し無愛想とも取れる返事を返した。そして、彼は黙々と本の整理を始めた。
「美空さん、この人は?」
「この人は、ここの司書をしている瓜生伸二(しんじ)さん」
僕はこちらに目もくれない瓜生さんを見る。どうも、彼と図書館の司書という組み合わせが一致しない。実直そうな雰囲気の彼は司書というよりも、職人という肩書きの方がしっくりくるような気がした。
「進藤さん。あの本はどうだったかな?」
瓜生さんは突然こっちを振り返って聞く。美空さんはその質問を聞くと、これですねと聞いて、右手に持っていた文庫本を前に出した。その本の題名を見ると、『罪と罰』と書かれていた。名前は聞いたことがあるが、どのような内容かは分からない。
そして彼女は、この本の感想を熱弁し始めた。本のことになると、彼女は饒舌になるらしい。それを聞いていた瓜生さんは、時折笑顔を見せて彼女と意見を交換する。強面な彼は、笑うと優しげな雰囲気を出すのだと僕は感じていた。
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