見出し画像

図書館の彼女 1.

 「好き」という言葉は、僕にとってはどこにでもある小さな石ころのように軽く聞こえる。僕が彼女に抱いている感情は、この程度の言葉では言い表せないくらいの底なしに深い感情だからだ。
いつから僕が彼女に対して、このような感情を抱き始めたのかは分からない。でも、一つだけ言えることがある。僕は、彼女を愛している。

 私立国立(くにたち)大学。国立なのか私立なのか紛らわしい名前の大学に、僕は通っている。僕はいつものように、栗原春樹(くりはらはるき)と学生食堂で昼食をとっている。
「民法のレポート終わった?」
 春樹は眼鏡を曇らせながら、きつねうどんを啜る。
「いや、まだだけど。お前は?」
「僕もまだだよ」
「そうだよな。難しいよなあ」
 僕は牛丼を口に入れながら、これから図書館でレポートを書くときに使う本でも借りようと考える。次の時間に講義は入っていないし、本を探すのには丁度良いだろう。
 次の時間に講義がある春樹とは食堂で別れて、僕は図書館へ向かった。図書館に行くのは久しぶりだ。行く用事が無いし、最近は勉強するということに関して億劫になってきている。自分のやりたいことが分からないから、毎日がとてもつまらない。今日も明日も明後日も、同じような出来事ばかりで記憶に残らない。
 図書館に着いた僕は一階から最上階の四階まで探してみたが、探している本は見つからなかった。一縷の望みをかけて、僕は地下の書庫に行くことにした。地下は薄暗くて人気が無く、本棚が来た人間を威圧するように並んでいるだけの、全く生気を感じない風景が広がっていた。歩くと足音が反響して、何だか落ち着かない。
 地下一階で本を見つけられなかった僕は、すぐさま地下二階へと階段を下りる。地下二階の書庫に入って、僕が本を探そうと本棚を見ていると、突然後ろから声をかけられた。
「どんな本を探しているんですか?」
 声をかけてきたのは、美人という枕詞が付くような顔立ちをした女の子だった。彼女は階段の方から足音を響かせながら、ゆっくりと僕に向かって歩いてくる。
「ああ、ちょっとレポートを書くために民法の本を」
「民法だったら、三階にあるんじゃないですか?」
「探したんですけど見つからなくて……。もしかしたら、ここにあるんじゃないかって」
 彼女は僕の言葉を聞いて、「じゃあ、私も一緒に探します。二人だったら、効率も良いですし」と微笑んで、階段を上がるように僕を促した。
 階段を上がって一階にたどり着くと、彼女は真っ先に左隅にあるパソコンまで歩いて行った。そして、僕の探している本の名前を聞くなり、本の名前を検索にかける。図書館に来るのが久しぶりだった僕は、ここで蔵書検索が出来ることをすっかり忘れていた。僕は彼女にとんだ恥を晒したようだ。
「どうやら、あなたの探している本は借りられているみたいですよ」
 彼女は僕の方を振り返って言った。パソコンには「貸出中」の文字が表示されている。一週間後までの貸出だそうだが、そこまで待っていられる余裕は無い。
「そうですか。すいません、ご迷惑をおかけして」
「迷惑だなんて、とんでもないです。当然のことをしただけですから」
 彼女は僕の言葉に対する答えを冷静に返した。僕はこの時、困ったような顔をしていたのだろうか。彼女が次に発した言葉は、僕を驚かせた。
「レポートの参考になりそうな民法の本、一緒に探しますよ」
「えっ、いいんですか?」
「私は法律とか全然詳しくないけど」
 そう言って、彼女はくすっと笑った。
「俺は法学部二年の杉本航(すぎもとわたる)です」
「私は文学部二年の進藤美空(しんどうみく)です。よろしく、杉本くん」
 僕は進藤さんに「よろしく」と挨拶する。そして、彼女と一緒に法律系の書籍が揃う三階へ向かった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?