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#40「データで見抜く“ばらまき”の真実――EBPMが切り拓く政治とDXの新境地給付金からいじめ対策まで、“因果”を追ってロジックで評価する方法論」

デデデータ!!〜“あきない”データの話〜第26回「ばらまきって意味あるの?- データドリブン政策立案EBPMの実例 -」 の台本・書き起こしをベースに、テキストのみで楽しめるようにnote用に再構成したものです。


社会に出て税金を納めるようになると、「自分が収めたお金は本当に有効に使われているのだろうか?」という疑問がふと頭をよぎる。選挙の公約や政治家の主張を耳にしても、どのような効果があり、どれだけのリターンがあるのか具体的に説明されることはそれほど多くない。

そこで近年注目されているのが“EBPM(エビデンス・ベースト・ポリシー・メイキング)”という考え方だ。これは、根拠(エビデンス)を明確にし、データを用いて政策の効果を検証し、政策立案と運営に生かす手法を指す。企業のDXや教育現場、さらには自治体の取り組みにも応用可能であるため、世界的にも導入事例が増えてきている。

本稿では、まずコロナ禍の「ばらまき」政策を具体的な例として取り上げ、その実効性を定量的・定性的に評価する視点を示す。そのうえでEBPMとは何かを改めて確認し、企業や教育、医療などで行われている具体的な事例も交えながら、どのように政策やプロジェクトの有効性を測るかを考える。最後に、歴史に学ぶEBPMの先駆者の事例や世界各地の具体例も紹介しつつ、「本当に予算をうまく使っているか?」という根源的な問いを深めていく。


コロナ禍の「ばらまき」を定量的に評価する

Q.給付金の一律支給はどれくらい効果があったのか?

2020年のコロナ禍初期、日本政府は一人当たり10万円の特別定額給付金を含む、10兆円を超える財政支出を打ち出した。目的は「景気対策」と「生活の救済」だったが、その実効性については賛否が分かれるところだ。一見すると「10万円」という直接的な支援はわかりやすく、全国民に歓迎されるものだったが、実際にどれくらい消費が増え、GDPを押し上げたのかは数字で見てみないとわからない。

家計調査や家計簿アプリのデータなどをもとに分析した推計によると、10兆円規模の給付総額に比して最終的な消費拡大幅は約1.3兆円だったと見積もられている。大部分の家庭が経済的な不安から給付金を貯蓄に回した結果、一定の消費増はあったものの、全体としては景気の押し上げ効果が限定的だったわけだ。

ただし、労働所得が少ない世帯や流動資産が少ない家計に限ってみると、給付金のかなりの部分が食費や生活必需品、あるいはサービス消費に回ったことがデータから示唆されている。こうした支出動向は「消費性向が高い」層に重点的に給付を行うと、より大きな効果が期待できる可能性を示す。一律給付が必ずしも無意味だったわけではないが、政策設計としては「誰を対象にするか」が重要だったといえるだろう。

中小企業支援の“延命”と倒産の増加

中小企業への給付金や融資制度は、短期的には雇用や倒産の急激な増加を抑えるうえで一定の効果があった。実際、当初の想定では失業率が4〜5%程度まで跳ね上がるとみられていたが、実際には2.8〜2.9%台に抑えられている。ところが、その後2023年になると企業倒産数は8497件に達し、前年から2000件以上も増加した。コロナ禍の支援で延命できていた企業が、物価高や人手不足などの構造的な問題に耐えられなくなった結果だ。

この流れからわかるのは、短期的なばらまきが一時的な延命措置としては有効でも、企業のビジネスモデルの変革や業種転換などの根本的な対策が進んでいなければ、数年後にしわ寄せが顕在化するということだ。ここにも、政策を「いつ・誰に・どのように」適用するかをデータに基づいて判断しないと、施策の効果が最適化しづらいという課題が見え隠れする。

GoToキャンペーンの一時的効果

「GoToキャンペーン」に1.35兆円が投入されたことも話題を呼んだ。旅行に行けば補助を受けられるという仕組みは、観光業や飲食業の消費を一定程度刺激し、コロナ禍で大打撃を受けた業界にとっては一時的な救済となった。しかし、キャンペーン終了後には需要が急減し、長期的な消費拡大にはつながりにくかったとの評価もある。また、感染拡大との因果関係は完全には明らかになっていないが、少なくとも一時期は「旅行先での感染増加」が疑われたこともあり、単純に旅行需要を盛り上げるだけで良かったのかは慎重に検証が必要だ。

こうした事例からも、単純な“ばらまき”がどれほど持続的な効果をもたらすかは、実際にデータを収集し、因果関係を丁寧に見極めていかなければわからない。もし施策の設計段階から「だれにどの程度の給付を行い、どれくらいのアウトカム(成果指標)を期待するのか」を明確化していれば、より効率的に予算が使われた可能性もある。ここにこそ、EBPMの必要性が浮かび上がるわけだ。


EBPM(エビデンス・ベースト・ポリシー・メイキング)とは何か

EBPMとは、文字通り「根拠(エビデンス)に基づいて政策を作る」という意味だ。企業が導入している“データドリブン経営”と近しい考え方だが、政治や行政の世界では必ずしも一般的ではなかった。なぜなら、多くの場合、政策を作る過程で「有識者の声」「専門家の見解」が大きなウェイトを占める一方で、実際の統計データや実証研究の結果が後回しにされる場合が少なくなかったからである。また、多額の予算がどのくらいの成果を生んだのかを追跡しないまま「とりあえずやってみる」ケースが長年続いてきた背景もある。

しかし近年、ICTやIoTなどの技術進歩によってデータの収集や分析手法が飛躍的に進化した。行政が把握できるデータも増え、統計分析や機械学習などを活用することで「この施策にはどれくらいの費用対効果がありそうか」をより正確に見積もる道が開けている。また、既存政策の効果測定を行うことで「今後の予算編成をどう変えるか」を論じるベースも整えやすくなった。こうした流れから、EBPMは政治とDX(デジタルトランスフォーメーション)を結びつける重要なキーワードとして注目されつつある。


EBPMのプロセスと手法

1. 根拠データの収集

EBPMを行うにはまず、課題を正確に把握するためにデータを集める必要がある。ここで重要なのは、単に数字を集めるだけでなく、問題の背景にある定性情報も含めて多角的に分析することだ。企業活動のデータ、家計簿アプリなど民間レベルのデータ、自治体が抱えている統計資料、さらにはインタビューや現地調査などの定性データも総合的に検討する。

2. 因果関係と費用対効果の分析

収集したデータをもとに、政策と成果の間にどのような因果関係があるかを探る。ここで誤りがちなのは、「相関」を「因果」と勘違いしてしまうことだ。単に「Aが増えた時、Bも増えている」というだけでは、AがBを引き起こしたとは限らない。この問題を克服するための手法の一つがRCT(ランダム化比較試験)である。似た条件の集団をランダムに2つのグループに分け、一方に施策を実施し、もう一方には実施しないことで、その差分から政策の純粋な効果を測ることができる。医療分野ではよく用いられるRCTだが、近年は教育や社会政策でも実践例が増えている。

3. 政策立案とロジックモデルの作成

政策を立案する際には「課題→施策→アウトプット→アウトカム→インパクト」の因果関係を整理した“ロジックモデル”を作成する。例えばいじめ対策であれば、「いじめ件数が多い」という課題に対して、「カウンセラーを増員し、相談体制を整備する」「アンケート調査を頻度高く実施する」といった施策を設定し、そこから想定される成果(アウトプット)や効果(アウトカム)を視覚化する。最終的には社会全体に与える影響(インパクト)まで一貫して考えることで、政策目標が明確になる。

4. 予算編成・実行・モニタリング

ロジックモデルをもとに予算を編成し、施策を実行する。実行段階では、中間指標(モニタリング指標)を設定し、データを継続的に収集して、もし期待した成果が出ていないのであれば施策を修正する。まさに企業のPDCAサイクルに近いプロセスであり、EBPMではこのサイクルを行政に取り入れることが大きな特徴といえる。

5. 最終評価

施策が終了した段階、あるいは一定期間が経過した段階で、当初の目標に対してどれだけ成果が得られたかを評価する。実際にRCTなどを組み合わせていれば、より正確に政策の因果効果を測れるため、「この予算を投下した結果、これだけのアウトカムが得られた」という根拠を示すことができる。


EBPMの具体的な分析例

教育現場での学力向上施策

例えば、ある地域で「タブレット端末を小学生に1人1台配布し、デジタル学習を推進することで学力を向上させる」という施策を検討するとする。このとき、タブレットを配った学校と配らない学校をランダムに設定し、学力テストの結果や授業への参加度、学校現場でのICT活用状況を比較するのがRCTの考え方だ。もし統計的に有意な差が出れば、「タブレット配布は学力向上につながった」と言えるが、差が出なかった場合は施策内容の見直しや、別の方法を検討する必要がある。

医療・介護分野での効率化

医療・介護の現場では、電子カルテやバイタルデータの解析を通じて患者の症状進行を予測し、そのうえで「特定のタイミングでリハビリを集中させたほうが入院日数を短縮できる」といったエビデンスを得ることができる。このエビデンスを踏まえて、自治体や病院が政策や予算配分を変えれば、医療費の削減と患者のQOL(生活の質)の向上という両面でメリットを得られる可能性がある。

防犯・防災対策

地域の防犯カメラ設置が犯罪抑止にどれほど寄与するのか、あるいは高齢者が多い地区にセンサーを設置することでどれだけ火災リスクや事故リスクを低減できるのか――こうした政策の効果を定量的に計測し、費用対効果を比較する取り組みも増えている。カメラを導入した地域と導入していない地域を比較したり、センサーを試験的に設置する地域をランダムに選んで統計分析を行えば、より正確に「どの施策が効果的か」を把握できる。


歴史に学ぶEBPMの先駆者:エドウィン・チャドウィック

EBPMの考え方の原型は、実は19世紀のイギリスにも見られる。エドウィン・チャドウィックは公衆衛生が劣悪な地域を詳細に調べ上げ、各地の死亡率や感染症の発生率のデータを集めた。そして下水道の整備や安全な飲料水の供給などの政策を提言し、1848年の公衆衛生法に結びつけたのである。当時はまだ「科学的エビデンス」という言葉自体が一般的ではなかったが、チャドウィックのようにデータの収集と分析を踏まえて政策を訴えた事例は、EBPMの先駆けといってもよいだろう。実際、イギリス全土の衛生環境は格段に改善され、その成果は歴史的にも高く評価されている。


世界各地のEBPM事例

フィンランド:ベーシックインカムの実験

フィンランドでは失業者2000人を対象に毎月560ユーロを支給し、就業率や生活の質を比較する実験が行われた。結果として、就業率の大幅な増加は確認されなかったものの、幸福度や健康状態の改善が見られている。この実験ではRCTを組み合わせ、支給対象と非支給対象を無作為化して比較することで、より正確にベーシックインカムの影響を把握しようと試みた点が特徴的だ。

ニューヨーク市:ホームレス対策“HomeStat”

ニューヨーク市はホームレス人口をリアルタイムで把握し、インタビューなどの定性情報と組み合わせることで、最適な支援策を素早く提供するシステム“HomeStat”を導入した。データに基づいて路上生活者を特定し、シェルターや医療機関との連携を強化することで再定住率の向上に寄与している。ここでは単に「ホームレスが何人いるか」という数量把握だけでなく、「一人ひとりがどのような事情で住居を失ったのか」という背景情報を重視している点がEBPMの精神と合致している。

オーストラリア:交通事故の削減

オーストラリアでは地理空間分析や統計モデルを使って交通事故の多発地帯を特定し、道路整備や信号システムの変更、速度制限の強化などを重点的に実施した。その結果、交通事故による死亡者が顕著に減少したという報告がある。こうした取り組みもEBPMの一例であり、データに基づいて政策のターゲットを明確化することで予算を効果的に使うことに成功している。

イギリス:行動科学を活用した“ナッジ”政策

イギリス政府は2010年に“行動洞察チーム(Behavioral Insights Team)”を設立し、さまざまな社会政策に行動科学の知見を組み込んだ。例えば税金の滞納者に対して「あなたと同地域の90%の人は税金を期限内に納めている」と知らせると、納税率が上昇するといった実験を行い、定量的に効果を測定している。こうした手法もEBPMの一端であり、データと科学的根拠をもとに政策をデザインする考え方といえる。


EBPMが示す未来――予算の使い方を根本から変える

EBPMの最大のポイントは、「何となくの経験則や慣習」ではなく、「統計データや実証研究、現地調査などのエビデンス」をもとにして予算や施策を考えるところにある。これは政治や行政だけでなく、企業や教育現場、医療機関などあらゆる組織にとって有用なアプローチだ。

たとえば企業のDX推進でも、新しいITシステムを導入する際に「このシステムが本当に生産性を向上させるのか」「どの部門で導入するのが最も効果的か」をまずデータで検証する姿勢が大切だ。RCTのように無作為に適用グループと非適用グループを分けることは難しい場合もあるが、試験導入(パイロット)をして効果検証を行い、その結果を社内に共有してから本格導入を検討するというステップはEBPMの考え方そのものといえる。

一方、データを用いるにはプライバシー保護の問題や、ランダム化実験における倫理的な問題など、クリアすべき課題も多い。また、データがあっても分析の方法を誤れば誤った結論に導かれてしまう。したがって、EBPMを効果的に推進するためには、専門家による統計分析やデータサイエンスの知見、そして政策形成に携わる行政職員や政治家自身のリテラシー向上が欠かせない。

しかし、それでもEBPMがもたらすメリットは大きい。たとえ政策の効果が低かったとしても、その事実をデータで示すことで「次回の政策立案では別の手段を試してみよう」と学習が促されるからだ。失敗を責めるのではなく、失敗からの学びを次に生かすという“学習する組織”こそが、変化の激しい社会において持続的に成長できる組織の姿ともいえる。


まとめ――本当に予算をうまく使っているか

コロナ禍の給付金や融資政策、GoToキャンペーンなどを振り返ると、“ばらまき”が完全に無駄だったわけではなく、確かに一時的な救済や消費喚起の効果はあった。しかし、その効果がどれだけ大きかったのか、どの層に最もメリットがあったのか、その後の持続的な経済活性化につながったかどうかは、実際にデータで検証してみないと正確にはわからない。

EBPMという視点を導入すれば、政策のターゲットをどこにするか、どのくらいの費用対効果が見込めるのかを事前にシミュレーションし、施策実施後にも検証を重ねることが可能となる。既に海外では、ホームレス対策やベーシックインカムの実験、交通事故対策などでEBPMの事例が増えており、いずれも「根拠となるデータを集め、定量・定性の両面から効果を検証し、結果を踏まえて施策を最適化する」というプロセスを踏んでいる。

日本でも、DXの推進や教育改革、地方創生など多くの分野でEBPMが取り入れられ始めているが、まだその規模や認知度は十分ではない。今後は政治家や行政だけでなく、市民や企業も含めて「本当に予算をうまく使っているのか?」をデータで問い直し、得られた知見を次の施策に生かす仕組みづくりが求められる。

公衆衛生の黎明期に先駆者がデータを手に立ち上がったように、現代でもEBPMは社会をより良い方向へ導く大きな力を持っている。どんなに良さそうなアイデアも、どんなに権威のある専門家の言葉も、最後はデータに基づいた検証がなければ予算が正しく配分されたかどうかはわからない。逆にいえば、EBPMのプロセスをきちんと踏めば、「なぜこの施策が必要で、それに見合うコストはどの程度なのか」を透明化できるのだ。

こうした取り組みが進めば、“ばらまき”と呼ばれる財政支出も、よりターゲットを絞り、より大きな効果を生むものに変えられるだろう。政策立案とDXが融合していく時代において、私たち一人ひとりもデータリテラシーを身につけ、EBPMの視点で「何を、どのように評価するのか」を考える姿勢が求められている。

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1. EBPM(Evidence-Based Policy Making)とは

1.1. 定義と目的

  • EBPMの定義
    EBPM とは、**「根拠(エビデンス)に基づいて政策を運営すること」**を指します。公的・私的に収集された客観的データや事例、実証研究の成果などを用いて、政策の質(有効性・効率性・公平性など)を高める狙いがあります。

  • 目的

    1. 政策課題の明確化:データ分析や調査によって、本当の課題や論点を把握。

    2. 政策立案の妥当性検証:因果関係の整理や費用対効果の分析を通じて、適切な施策をデザインする。

    3. 成果の評価とフィードバック:実施後にデータを検証し、次の政策に反映させる。

要するに、**「課題の把握→政策立案→実施→評価→改善」**を、データに基づき合理的に繰り返すことで、政策の質を継続的に向上させる仕組みがEBPMの核心です。

1.2. EBPMが注目される背景

  1. 政策が特定の声に左右されやすい

    • 世論や利害関係団体の声だけで政策が決まると、他の利害やデータが軽視される恐れがある。

    • EBPMは、客観的なデータと分析を組み込むことで、政策決定の偏りを抑える。

  2. 政策効果を明確に評価できない課題

    • 政策後、「なぜ成果が出たのか/出なかったのか」が曖昧になりがち。

    • EBPMにより、施策と成果の因果関係を多角的に検証し、次の施策に活かせるようになる。

  3. 限られたリソースでの透明性・信頼性の確保

    • 行政や企業の予算・人員は限られている。

    • データを根拠に「何にどれだけ投資するか」を説明することで、内部・外部関係者の納得感が得やすい。

  4. ICTの進歩によるデータ収集の容易化

    • IoTやビッグデータの普及で、従来得られなかった詳細かつリアルタイムのデータが取得可能に。

    • 分析ツールや機械学習技術の進歩により、実証分析が格段に容易になった。


2. EBPMのプロセス:6ステップ

EBPMを実践する際には、以下のプロセスを意識して政策をデザイン・実施していきます。

  1. 情報収集(定量・定性)

    • 統計データやアンケート、インタビュー、SNS投稿などから定量・定性の両面で情報を集める。

    • 単なる数値データ(定量)だけでなく、現場の実情や住民の声(定性)も重要。

  2. 多面的分析(因果関係の整理)

    • 集めたデータを基に、課題や背景を多面的に分析。

    • 相関関係因果関係を混同しないように注意し、疑似相関を排除するための検証が必要。

  3. 政策立案(ロジックモデルの作成)

    • 「課題 → 政策(インプット・アクティビティ) → 成果(アウトプット・アウトカム) → 社会的影響(インパクト)」の流れを図示。

    • どの段階で、どんな指標(KPI)をモニタリングするか設計し、費用対効果を考慮したうえで政策を立案。

  4. 予算編成

    • 立案した政策案をもとに、優先順位とコストパフォーマンスを検討し、予算を配分。

    • 政策ごとの目標や評価指標とセットで予算を決めると、後から評価しやすい。

  5. 政策実施と進捗管理

    • 実施段階では、計画時に定めた指標を定期的にモニタリング。

    • 必要に応じて軌道修正や追加リソース投入も検討する。

  6. 政策評価

    • 実施後、成果(アウトプット・アウトカム)が計画通りに出たか検証し、因果関係を分析。

    • 政策の続行・拡大・修正・中止の判断に生かす。また、次の政策立案時の学習データとなる。


3. 因果関係の推定と効果検証方法

3.1. よくある疑似相関

  1. 単なる偶然

    • 例)広告費を増やした時期と猛暑が重なり、アイスの売上が増加。
      → 実際は、猛暑こそが売上増の真の要因かもしれない。

  2. 共通の要因による同時変動

    • 例)日傘の売上とアイスの売上が同時に伸びた。
      → 背景に“猛暑”という共通要因があり、日傘とアイスの売上をそれぞれ押し上げているだけの可能性。

  3. 因果関係が逆転

    • 例)「警察官を増やしたから犯罪が増えた」という主張。
      → 逆に「犯罪が増えたので警察官の数を増やした」のが妥当な解釈かもしれない。

3.2. 政策効果検証の基本手法

  1. 比較方法

    • 単純比較: 政策前後でデータを比較する方法。

      • ただし、景気動向など他の影響要因を排除しにくい。

    • 他地域・他グループとの比較: 類似条件の地域や集団と比べることで、政策の影響をより正確に把握する。

  2. RCT(ランダム化比較試験)

    • 被験者や対象地域をランダムに「介入群」と「対照群」に分け、一方のみに施策を実行して、その差を検証。

    • 医療や教育分野では信頼度が高い検証手法だが、コストや倫理面の問題もあり、政策実践では実施が難しい場合もある。


4. EBPMにおけるロジックモデル

4.1. 概要

  • ロジックモデル(Logic Model):
    政策やプログラムがどのように成果や最終的な社会的影響(インパクト)に結びつくかを、
    課題 → インプット → アクティビティ → アウトプット → アウトカム → インパクト
    の流れで可視化するフレームワークです。

    1. 課題: 改善すべき状況や社会問題。

    2. インプット: 投入する資源(予算、人材、時間など)。

    3. アクティビティ: インプットを使って行う具体的な取り組みや活動。

    4. アウトプット: 活動の直後に得られる成果物やサービス提供量(例:参加者数、配布数)。

    5. アウトカム: 中期的な成果(例:行動変容、知識向上、状況の改善)。

    6. インパクト: 長期的・最終的に社会全体にもたらす効果(例:貧困率の低下、犯罪率の大幅減少)。

4.2. 活用事例

  1. いじめ防止プログラム

    • 課題:学校におけるいじめの増加。

    • インプット:いじめ対策の予算、カウンセラー増員。

    • アクティビティ:いじめ防止教育、相談体制強化、全校集会など。

    • アウトプット:教育プログラム参加者数、相談件数。

    • アウトカム:いじめが減少、相談しやすい環境づくりに成功。

    • インパクト:学校全体の心理的安全が高まり、学業成績や登校率の改善にも寄与。

  2. 犯罪多発地域への重点パトロール(米ミネアポリス市)

    • 課題:特定地域の高い犯罪発生率。

    • インプット:警察官の配置転換、予算割り当て。

    • アクティビティ:ホットスポットとなる地域を重点的にパトロール。

    • アウトプット:パトロール時間や取締件数の増加。

    • アウトカム:犯罪件数の減少、住民の安心感向上。

    • インパクト:都市全体の安全性向上、他地域への展開による効果拡大。


5. EBPMの歴史的先駆例:エドウィン・チャドウィックと公衆衛生改革

5.1. 背景

  • 19世紀イギリスでは産業革命で都市化が急速に進み、不衛生な住環境と感染症(コレラ、チフスなど)が蔓延していた。

  • 都市部の過密化や上下水道整備の遅れにより、都市生活者の健康が深刻に脅かされていた。

5.2. チャドウィックの手法(データ収集と実証)

  • 現地視察・インタビュー:労働者階級の住民や医師、公務員に聞き取り調査を行い、実態を把握。

  • 統計データの収集:死亡率、感染率、家屋の衛生状態、貧困家庭の数など具体的な数値を集める。

  • 分析:集めた統計データや聞き取り結果から、劣悪な衛生環境が高い死亡率や感染症蔓延の主因と結論づけた。

5.3. 提言と成果

  • 下水道整備、廃棄物の適切処理、安全な飲料水の供給などを法整備で推進すべきと提言。

  • これを受け、**1848年公衆衛生法(Public Health Act)**が制定されるなど、大規模な公衆衛生インフラの整備につながった。

  • チャドウィックの報告は、データと論理的推論に基づいた政策提言の先駆例となり、世界各国の公衆衛生改革に多大な影響を与えた。



参考リンク・文献

  1. RIETI(経済産業研究所)

  2. IHS Markit・S&P Global

  3. CEPR・IDEAS RePEc

  4. 米ミネアポリス市のRCT事例

    • 警察のホットスポット・パトロールで犯罪が減少したRCT研究

    • (参考文献例)Sherman, L. W., & Weisburd, D. (1995). General deterrent effects of police patrol in crime “hot spots”. Justice Quarterly, 12(4), 625-648.

  5. エドウィン・チャドウィック(公衆衛生の父)

    • Chadwick, E. (1842). Report on the Sanitary Condition of the Labouring Population of Great Britain.

    • 1848年公衆衛生法(Public Health Act)の成立背景についての解説。

  6. 厚生労働省「EBPM ガイドライン」

    • 日本の行政機関におけるEBPM推進の具体的な取組やガイドライン。

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