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#83「保険に入るべきか」「AppleCareと猫保険は本当にムダ? リスク×数字×心理で読み解く“損失回避”の裏側」


デデデータ!!〜“あきない”データの話〜第45回「AppleCareとねこ保険に入るべき? -予測不可能なリスク発生確率に対して先手を打つ方法 - 」の話の台本・書き起こしをベースに、テキストのみで楽しめるようにnote用に再構成したものです。podcastで興味を持った方により、理解していただくために一部、リファレンス多めにしています。

はじめに:保険や保証は本当に“損”なのか

保険料や保証料金を支払うことを「もったいない」と感じる瞬間は多い。しかし、スマホの画面割れや水害、あるいは可愛いペットの誤飲事故など、いつ襲ってくるかわからないリスクも世の中には存在する。
一方で「どうせ起こらないだろう」という気持ちが強ければ、保険にお金をかけるのを避けたくなることもある。では、こうしたリスクとどう向き合えばよいのか。

損失回避バイアスやプロスペクト理論、ブラックスワン理論といった概念を織り交ぜながら、“リスクを数値化し、合理的に判断する”アプローチを考えていきたい。身近な例として、住宅の水害保険、AppleCare+、そして猫保険を挙げ、最終的には「数字で計算しても割に合わない?」と思える場面でも実は意外な利点があるかもしれないという話につなげたい。


1. 人はなぜ「損」を避けようとするのか──プロスペクト理論と損失回避バイアス

心理学者ダニエル・カーネマンとエイモス・トベルスキーによって提唱された「プロスペクト理論」は、多くの人間が同額の損失と利益を比べた場合、損失のほうを2倍以上強く感じることを示している。これが「損失回避バイアス」と呼ばれる現象で、保険や保証の意思決定にも大きく影響している。

たとえば「確実に2万円もらえる」選択肢と「25%の確率で8万円を得られるが、75%の確率でゼロ」という選択肢が同じ期待値でも、多くの人は“確実な2万円”を選びがちだ。一方、「確実に2万円損する」か「25%の確率で8万円損をするが、75%は無傷」なら、後者のほうを選んでしまう傾向がある。
要するに「損をする未来」が具体的に見えてしまうと、“たとえ勝率が低くてもリスクを取って回避したくなる”のが人間の心理というわけだ。ここにこそ、保険ビジネスが成立する背景がある。


2. AppleCare+は本当に得か? バッテリー交換と基盤修理を期待値で見る

身近な例として「iPhoneなどに付帯するAppleCare+」を考える。AppleCare+は2年間で3万円ちょっとの費用をかければ、画面割れや基盤故障などを割安で修理できる。基盤修理が8万円かかることがあるので、そのコストに比べたら3万円は安いようにも見える。

しかし、実際に「iPhoneを落として壊す確率」がどの程度あるかは人によって異なる。

  • 出歩く頻度や使い方が荒い場合は故障率が上がりやすい。

  • 子どもが触って画面を割るリスクが増える人もいる。

  • コロナ禍以降にリモートワークが増えてほとんど外出しない人なら、落下リスクはぐっと下がる。

バッテリー交換は2年で1万〜1.5万円程度のコストが発生する場合が多い。さらに「基盤修理リスクは25%くらい」と自分で見積もると、期待値的にAppleCare+のほうが得という計算が成り立つかもしれない。一方で、まったく落下や水没を経験しないような人は、AppleCare+に加入しなくても結果的に損しないことになる。
結局は「自分の使い方」と「過去の壊れやすさ」から確率を推定し、期待値を計算する必要がある。ここで重要なのがベイズ統計の考え方だ。ライフスタイルの変化があれば、その都度壊れる確率をアップデートすべきだという意味である。


3. 新築住宅と水害・火災リスク──ハザードマップで保険を再検証

住宅を建てたとき、火災保険やオプションの水害補償の加入を勧められる場面がある。たとえば地盤を徹底的に調べ、川から遠い高台に建てたなら「洪水がここまでくるなら、関東全域が沈んでいる」というほどリスクが低い場合もある。
火災リスクについてもオール電化でタバコを吸わない家であれば、かなり火事の確率は下がる。とはいえ、落雷の多い地域だと年に数回停電が起きて、そのたびに家電が故障して10万円近い出費が発生するかもしれない。すると「毎年3万円以上の保険を払うより、自費で直したほうが安いかも」という判断になることもある。

しかし、ブラックスワン理論の観点から考えると「ありえないと思っていた大災害」が突然起こる可能性も否定できない。確率は低くても、一度起これば大損害になることをどう考えるかが焦点だ。「確率が高いわけではないが、起きた場合のインパクトが甚大」というリスクに対しては、保険でカバーしておくことが合理的な選択だと考える人もいるだろう。


4. 猫保険:計算上は損に見えるが、命には代えがたい安心

ペット保険の例は、リスク管理と感情が入り混じる興味深いケースだ。子猫の誤飲事故や感染症、10歳を超えたあたりからの腎臓病など、医療費は高額になりがちだ。特に誤飲により開腹手術が必要となれば10万〜20万円ほどかかる。保険料は年間4万円近くになる場合があるため、確率だけを計算すると「あまり得ではない」という結論になりやすい。

しかし、保険に入っていると「少しでも体調がおかしいなら病院に行こう」となりやすい心理効果がある。早期発見・予防措置を繰り返すことで、猫が健康を保ち、長生きできる可能性が高まる。このメカニズムはナシーム・タレブの提唱する反脆弱性に近い。筋肉が負荷を受けて強くなるように、細かい医療処置を重ねていくほど猫が健康度を維持・向上し、リスクが下がっていく。
数字上は保険料が負けているように見えても、飼い主にとっては「安心と長生きの可能性」が得られるなら投資としては十分に価値があると言える。


5. ブラックスワンは意外と頻発する? 企業のBCPと反脆弱性

「100年に一度」「1000年に一度」といわれるリスクが、意外な頻度で起きてしまうことがある。リーマンショックや9.11テロ、新型コロナウイルスによるパンデミックなどを見れば、その可能性は誰もが実感しているはずだ。

企業はこうした大きなリスクに備えるため、BCP(事業継続計画)を策定し、いざという時に生産ラインをどのように止めずに済ませるかを考えている。たとえばトヨタ自動車は、東日本大震災で大打撃を受けた後に供給網を複数化し、2022年に愛知県の大規模漏水事故が発生したときも、工業用水がストップしてもほぼ稼働を止めずに済んだという事例がある。

トヨタは工場で使用する水を99%再利用するシステムを構築していたため、水の供給が停止しても影響が限定的だったわけだ。一方、同じように漏水被害に巻き込まれた企業で代替水源を確保していなかったところは生産停止を余儀なくされた。

このように、一度大きなダメージを受けても仕組みごと改善し、むしろ強化されるのが「反脆弱性」の考え方といえる。


6. リスクマトリックスと期待値:数字の裏側に隠れる不安を見える化する

リスクを管理する際には「リスクマトリックス」という手法がよく使われる。たとえば縦軸を「インパクト(影響度)」、横軸を「発生確率」に設定し、各リスクをプロットして優先順位をつける。インパクトが大きく、なおかつ発生確率が高いものから対策したほうがいいし、インパクトが小さく発生頻度も低いものは後回しにできるというわけだ。

数式に落とし込むなら「発生確率 × 損失額 = 期待損失」を合計して比較する方法もある。洪水が起きれば家が全壊し、修復に何千万円とかかるなら、たとえ確率1%でも期待値は大きいと判断できる。その結果、保険に入るコストを“安い”と見るか“高い”と見るかは人それぞれだが、少なくとも計算を通じて自分なりの合理的判断を下せるようになる。


7. 感情をゼロにするのではなく、「数字+価値観」の両軸で考える

数字だけを見れば、保険が割に合わないケースは多いかもしれない。しかし、命や財産、あるいは愛すべきペットの健康に対する価値は金銭だけでは測れない部分もある。だからこそ、人間の損失回避バイアスや不安感、実体験などが最終的な意思決定に影響するのは自然なことだ。

「大地震や台風の被害が起きる可能性は低いが、起きたら人生が破綻するレベルの損失になるから保険をかける」「iPhoneを毎日外で落とす可能性があるならAppleCare+を入れる」「猫のちょっとした体調不良でも気軽に病院に行きたいから保険料4万円を払う」──いずれも妥当な選択だと言える。

ここで重要なのは、自分の過去経験やライフスタイルに応じて確率をアップデートし続けることだ。コロナ禍前と後とで外出回数が激減したなら、スマホ落下リスクは別物になる。子どもが生まれて家の中が散らかるようになったなら、猫が誤飲する確率は上がる。リスク管理とは、こうした動的な確率変動を見積もりつつ、最適なバランスを模索する作業でもある。


8. まとめ:リスクは数字化できるが、最終判断は自分の「納得感」

損失回避バイアスやプロスペクト理論、ブラックスワン理論、そして反脆弱性──これらを踏まえると、保険や保証をどう考えるべきかは少し変わってくる。

  • まずは「発生確率」×「損失額」の期待値を計算してみる

  • 発生確率は自分の行動や環境によってアップデートすべき

  • ブラックスワン級のリスクは滅多に起きないが、起きたら壊滅的になる

  • 数値での比較では割に合わないと感じても、精神的安心や命の価値がある

つまり、最終的には**「数字による合理性」+「自分がどれだけ不安をゼロに近づけたいか」**という軸で決めるのがいい。企業であれば事業継続のため、個人なら平穏な暮らしや大切なペットを守るため、わざわざ“損をする”ように見える保険や保証を選んでも不思議ではない。

保険のプロであるアクチュアリーや専門家が扱うモデルほど精密な計算は要らない。過去データを調べて「だいたい何%くらいだろう」と予想するだけでも、保険に対する姿勢は大きく変わるはずだ。リスクは事前確率の概念やベイズ統計でざっくりとでも数値化できるし、そこにブラックスワンを頭の片隅で意識するだけで、格段に判断の質が上がる。

すべてを数字だけでドライに割り切るのではなく、「どう備えておきたいか」という自分なりの“納得感”を加えて意思決定することが大切ではないだろうか。


【リファレンスノート

1. 専門用語・理論の丁寧な解説

1-1. プロスペクト理論 (Prospect Theory)

  • 概要
    心理学者ダニエル・カーネマンとエイモス・トベルスキーが提唱した理論で、「同じ金額の利益と損失があるなら、損失のほうを2倍以上強く感じる」という人間の心理傾向を示す。これによって、人はリスクを取る・取らないの意思決定を非合理的に行うことが多い。

  • 主な要素

    • フレーミング効果: 得失の提示方法によって選択が変わる現象

    • 損失回避バイアス (Loss Aversion): 損を避けるためならリスクを高めても構わないという判断を下しがち

    • 参照点依存性: 何を基準(参照点)にするかで「得か損か」を変えてしまう

1-2. 損失回避バイアス (Loss Aversion Bias)

  • プロスペクト理論の根幹をなす心理バイアス

  • 人間は「利益の獲得」よりも「損失の回避」に強く反応する

  • たとえば、少額でも確実に得られる選択肢を好んだり、大きな損失を避けるために高い保険料を払ってしまう、などの行動を誘発する

1-3. ブラックスワン理論 (Black Swan Theory)

  • ナシーム・タレブが提唱した概念

  • 「あり得ない」「極端に低い確率」とされていた出来事が、実際に起こり得ることを指す

  • リーマンショックや9.11テロ、新型コロナウイルスなど、一度起こると大きなインパクトをもたらす事象を示す

  • 「極端な事象は、思っているより頻発するし、後付け解釈は容易だが、事前の予測はほぼ不可能に近い」という問題提起でもある

1-4. 反脆弱性 (Antifragility)

  • 同じくナシーム・タレブが提示した概念

  • 筋肉が運動の負荷で強くなるように、ストレスやショックを受けるほど組織やシステムが成長していく性質

  • 災害や経営危機などで一度損害を受けても、仕組みを改善して以前より強くなるのが反脆弱な組織やシステムの典型例

1-5. BCP (Business Continuity Plan)

  • 事業継続計画のこと

  • 大規模災害やシステム障害など、予測困難なリスクによって事業が停止しないように、あらかじめ対策を施しておく企業戦略

  • 「複数拠点で生産を可能にする」「代替サプライヤーを確保する」などが代表例


2. 保険の計算方法(入るべきかどうかを考えるフレーム)

2-1. 発生確率と損失額をざっくり算出する

  1. 想定リスクのリストアップ
    例:iPhoneの落下、水害、ペットの誤飲事故など

  2. 発生確率を推定

    • 過去の経験や統計データをもとに「年に〇回起こりそう」といったレベルで考える

    • 何度も落下させたことがあれば確率アップ、在宅中心ならダウン、といった具合にライフスタイルで調整する(ベイズアップデート)

  3. 損失額の見積もり

    • スマホ修理が8万円、猫の手術が10〜20万円、家屋の修繕が数百万円など

    • 「損失がどれくらい生活や事業に影響するか」という主観的評価も織り込む

2-2. 保険料と期待損失を比較する

  1. 期待損失(Expected Loss)

    • 計算式は「発生確率 × 損失額」

    • 例えば、落下故障8万円、25%の確率なら期待値は2万円

  2. 保険料や保証料金の合計

    • 年間保険料や2年間のAppleCare+の費用などを合計し、期待損失より安いか高いかを単純比較

    • 極端な例では「期待損失1万円なのに保険料3万円」だと数値上は損に見える

2-3. 最終的には「リスク許容度」と「安心感」も加味する

  • 計算上の期待値で損得を導けても、命や長期的な安心を得られるなら“上乗せ分のコスト”を支払っても構わないケースがある

  • 保険料が思ったより高くても、災害が起きた際の破滅的損失を防げるなら加入する価値がある

  • ビジネスや家庭状況が変化すれば、確率の想定も大きく変わるので定期的に見直すことが望ましい


3. リスクマトリクスと期待値の解説

3-1. リスクマトリクス (Risk Matrix)

  • 横軸:発生確率
    例:低い(30年に1回) 〜 高い(1年に1回以上)

  • 縦軸:影響度
    例:小(数万円程度) 〜 大(会社の存続が危ぶまれるレベル)

  • 用途

    1. プロットしたリスクを見て優先順位を付ける

    2. 影響度と確率の両面から、すぐに対策すべきリスクを洗い出す

    3. 企業のBCP策定や個人のマネープランにも活用できる

3-2. 期待値 (Expected Value)

  • 基本概念
    「起こり得るすべての事象の損失額 × その確率」を合計した値

  • 計算例

    • 落下によるスマホ修理が8万円、25%の確率 → 期待損失2万円

    • バッテリー交換が1万円、90%の確率 → 期待損失0.9万円

    • 合計で「2.9万円」の期待損失

  • 用途

    1. 保険や保証商品を検討する際の目安にする

    2. 事業投資のリスクとリターンを数値化する

    3. シナリオ分析やストレステストの土台として活用する



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