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ルール・オブ・ザ・ワールド



「そんなもん飲むかー!」
「いらん言うとるやろが!!」

おじいさんは薬を飲まない。生死に関わる薬ではないが、それでも必要なものなので、できたら飲んでもらいたいが、やはりなかなか飲んでくれない。
あれやこれやと工夫してみるが、上手くいくことは少なかった。
そもそもおじいさんは介助に対して拒否的態度を示すことが多い。それは僕らへの拒絶というより、介助される自分への葛藤からではないか。介助を受けるようになった老いた自分自身への了解ができていない。こんな俺は俺ではないと、認めるのとができない。そんな中で、若造からお世話してもらう、ましてやもらった薬なんか当然飲めるはずないのだ。

ところが、スっと拍子抜けするくらいすぐに飲んでくれることがある。一体何がいつもと違うのだろうか。ある時、ついにその法則を見つけ出すことに成功した。

それはおじいさんが「感謝の気持ちを示した後」だ。


トイレ介助後、行きはこれでもかと怒るが、帰りは穏やかなことが多いおじいさん。ズボンを上げ、車椅子に移乗してもらった時、

「おおきに!ありがとう!」

と言葉にするおじいさん。まさにその時がチャンスだ。

「いえいえ!あ、ついでにこれ飲んでください!」

「はい!わかりました!」

パクッと口に入れて、ゴクッと飲み込む。普段からこうしてくれないかな…と思うくらいに鮮やかに服用される。

また、別のおじいさんは髭剃りをなかなかしてくれない。痛がったりして拒否することが多く、いつもモジャモジャになってしまう。心地よい言葉かけや、スキンシップを心がけるが、どれも効果はない。そもそもおじいさんには若造からの穏やかな接遇などニーズにないのだ。

ところが、このおじいさんも驚くくらい簡単に剃らしてくれることがある。

それはおじいさんが「何かを提供された後」だ。

食後におじいさんの好きな熱いブラックコーヒーを提供する。

「熱いコーヒーです!気をつけて飲んでください」

「おおきに!すんません!」

「あっ、ついでに髭剃らしてください」

「はい!わかりました!」

痛がる素振りもなく、上を向き横を向き、5分とかからず髭剃りは終了した。普段からこうしてくれないかな…と思うくらいに無抵抗に行えた。
無論二人とも失敗することもあるが、成功率は上々だ。


認知症ケアの最先端をいく広島のデイサービスそうらの植賀寿夫氏は、その人の「ルール」を探ることが重要だと説いている。
一人ひとり違った人生を歩んできた中、同じ病名がついたとて、同じ症状は一人もいない。認知症だからこう、ではなくその人の中にある「ルール」を見つけて、それに沿うことが肝要だ。

その人が今どういった世界にいて、どうやってその世界に付き合えばいいか。その姿勢こそが認知症ケアでもっとも重要な人間関係を育んでいく。

そしてその人の世界の住人として登場を許されるくらいに信頼関係を築けた時、ルールに沿わなくても、お年寄りが僕らのルールに理解を示してくれることが出てくるのだ。

「おじいさん朝の薬っす!」

「はいおおきに!熱い茶入れて!」

今日は普通に飲んでくれたのだった。

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