シニア・コンシュルジュ

先日一人でレジに入っていたら、小柄な高齢のご婦人がいらした。
「あのね、リュックが欲しいんだけど」
と仰るので、リュックの売り場までご案内したのだが、
「こんな大きいのじゃなくて、もっと小さいのが良いの!ここにはないの?」
とご不満な様子である。婦人用リュックはやや小さめなのだが・・・。戸惑っている私に向かって、ご婦人はこう続けた。
「あたしはね、小さいでしょ。それにね、ほらこんなに腰が曲がってるから、そういう大きいのはずり落ちて困ってんの」
確かに、ショッピングカートにぶら下がるような感じでつかまっておられる。腰がほぼ九十度近く曲がっているので、顔が持ち手から辛うじて上に見えている。この姿勢では確かに通常の大きさのリュックでは辛いだろう。
「もっと小さいのが良いの。ない?」
あちこち探しながらインポートブランドコーナーに行くと、丁度良さそうなサイズのリュックを発見した。早速お見せする。
「あら、小さくて素敵じゃない。これ、良いわね!」
本来は旅行などの時にちょっとした身の回り品を入れる用途のものだと思うが、ご婦人はすっかりお気に召したようだ。
「ありがとうございます。ブランドものになりますので、お値段は少々はりますが・・・」
と言うとご婦人はニコニコして、
「良いのよ、いくらだって。自分が気に入ったのを買うわ。九十二歳なんだもの、もうお金なんて残さなくっても良いんだから。これ頂くわ」
とさっさとお買い求めになり、支払いを済ませると
「あなた、忙しいのに付き合わせて悪かったわね。どうもありがとう」
と上機嫌でお帰りになられた。
姑もこういう風だと嬉しいのになあ、とちょっと羨ましく思いながら小さな後ろ姿をお見送りした。

元気な老婦人がお帰りになってしばらく経つと、レジに高齢の男性がいらした。おそるおそる、お尋ねになる。
「すいませんが、数珠は置いてますか?」
確か三階のフォーマルコーナーにあったはず・・・。一応インカムで確認すると、二階の紳士ネクタイコーナーにも喪用ネクタイと並べて置いてある、とのことだった。お伝えすると男性は、
「ありがとうございます。母さんに頼まれてしまって」
と頭を掻きかき、クシャクシャになったメモと思しき紙をわざわざ見せて下さった。
そこには毛筆で麗麗と、しかも縦書きで
「数珠を買ってくること」
と書かれていた。思わず笑うと、男性も照れ臭そうに笑った。見せなくても良いのに・・・。
それにしても奥様、達筆ですねえ。

「ハゲ隠しよ、てっぺん薄いから」
と言って帽子をお求めになる高齢の女性は多い。でも皆さんなかなか自分に似合うものをよくご存知と言うか、よく吟味して買われるなあ、といつも感心している。
タグを取ってくれ、今すぐ被っていくから、という方も結構な割合でいらっしゃる。その内半数くらいの方がレジ前で帽子を被り、ポーズをとって
「どう?変じゃないよね?」
とお聞きになる。照れ臭そうだったり、恥ずかしそうだったりするけれど、皆さん一様にウキウキした感じがして、とても可愛い。
いくつになっても、「装う」というのは気分の上がることなんだなあと思う。こっちまで嬉しくなってしまう。だから、
「よくお似合いですよ!」
と言う時はお世辞ではなく、なんだか応援したいような気持になっている。
自分の親や、近い将来の自分の理想の姿を重ねているのかなあと思う。

ホワイトデーの頃来られた高齢の男性は、リボン付きのヘアゴムを二つ、レジにお持ちになった。
「孫がバレンタインにチョコをくれたので、お返しにしようと思うんですが・・・。一人は小学生で、一人は高校生なんですけど、これではおかしいでしょうか?よくわからなくて・・・」
と言って差し出されたヘアゴムを見て、私はちょっと考え込んでしまった。
一つはピンクの花柄だから、小学生のお子さんには大丈夫だろう。だがもう一つは紫の「ヒョウ柄」のリボンがついていたのである。
お爺ちゃんにチョコレートをわざわざ渡すような高校生が、こんなヤンキーみたいなリボンのゴム、つけるかなあ?それにしてもこんな悪趣味な商品、あったんや・・・と一瞬思ったが、考え直した。
そういう子なら、このお爺ちゃんが自分に、と頭を悩ませて選んでくれたものを袖にするようなことはしないだろう。気を取り直して、
「いえ、大丈夫だと思いますよ」
とお返事すると、喜んで買っていかれた。
あのヘアゴムを見た高校生はどんなリアクションをしたのだろう。

高齢のお客様と接する機会はとても多い。
靴・服飾雑貨という、生活にプラスアルファの商品を扱っている所為かもしれないが、皆さん元気でお洒落である。
色んなご要望にお応えするのは大変なこともあるが、お客様とやりとりするのは楽しいひと時でもある。
気分はシニア・コンシュルジュだ。