人間磁石
お客様と言うのは本当に不思議だ。
私が陳列棚を拭き掃除していると、その拭いているところに寄ってくる。商品をご覧になるのにお邪魔だろうと思って違うところの掃除に行くと、またそこにも別のお客様が寄ってくる。
私は女だし、特に綺麗な顔でもないし、調べたわけではないが何か人を引き寄せるフェロモンを発している訳でもないと思う。そんな香水もつけていない。なのに、何故かお客様が寄ってきてしまう。
前の職場では食品の商品出しをしていたが、この時もやっぱり同じ現象にしょっちゅう出くわした。高いところの商品を詰めるために伸び上がっている私の、へその辺りにある商品を取っていくお客様の多いこと。なぜ、今、手に取りたいのがその商品なのか、とよく思った。邪魔にならないように違う棚に移動しても、やはり同じことが起こる。
私は磁石のようにお客様を引き寄せてしまう特殊能力があるんじゃないか、とずっと思っていた。だとしたら客商売にとても向いていることになるから、今の職業は天職と言えるんじゃないだろうか、なんて長い間思っていた。
ところがこの「特殊能力」、私だけにあるものではないことが分かった。
今の職場でこの話をしたところ、課長や同僚も口を揃えて「そうそう!」と言ったのである。
どうもお客様と言うのは、店員がいるところに何かお得なものや、目新しいもの、新鮮なものがある、と思うのか、自然と寄ってこられる「習性」があるようだ。
服を買いに行っても、店員に「良かったらご試着下さいね」なんて言われるとこっぱずかしくて買うのをよそうか、と思ってしまったりする私にはあり得ないことである。だが一定数のお客様には明らかに、店員に「引き寄せられる」習性があると言えると思う。
これは偶然だろうけど、今の職場では「この人が売り場に出ると○○が売れる」と言う法則がある。
Yさんが出るとオーストリッチの財布が売れる。Fさんが出るとあるメーカーの超軽量紳士靴が売れる。Oさんが出るとオリジナルブランドのスニーカーが売れる。Mさんが出ると滅多に出ない、大型のキャリーケースが売れる。
そして私は季節限定だが、「ランドセルが売れる」人である。
なぜなのか説明が付かない。不思議なこともあるものだと思う。
ランドセルは今、展示品で置いていた物を少しでも減らすため、ほぼ三割から半額引きのセールに入っている。私が休みの日は店内放送で呼び込んでも一つも売れないのに、私が出勤した日はなぜか一時間で三つ売れる日もあるのだ。
「在間さん、ランドセル完売するまで連日出勤してよ」
と課長はほくほくしながらとんでもない冗談を言う。
まだ仕事に全然慣れない頃にランドセルの販売で往生したことがある(拙記事で取り上げ済み)ので、ランドセルに対しては恐怖心に近いものを持っているのだが、どうもランドセルの方からは好かれてしまったようだ。
今日も私がいる間だけで四つ売れた。昼食休憩から帰ってきたMさんがそれを聞いて目を丸くして、
「在間さん、絶対なんかもってますよね」
という。そうなんだろうか。
「でも大型のキャリーケースはどうなんですか?Mさんも『もって』ますよね?」
と水を向けたら、
「そうなのー、私なんであんなに大型キャリーケースのお客様ばっかり呼んじゃうんだろうなあ」
とMさんは頭を抱えていた。
キャリーケースもランドセルも、利幅は大きいが販売時に必要な説明事項が多く、私達レジ係にとっては時間を取られる、少々面倒くさい商品なのだ。
自分で何も努力してるわけではないけれど、売上アップには貢献?できているようだ。が、お互い悩ましいことである。
こういう理屈で説明のつかない不思議なことが起こるのも、私がこの仕事を面白いと思う理由の一つである。
明後日の出勤日には、ランドセルいくつ売れるだろう。