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起きない妹と目覚まし時計の怪

最近、朝目覚ましが鳴ったのに気づかず寝過ごしてしまう日が続いている。携帯のアラーム機能を使っているのだが、自分の設定ミスかと思ったくらい、鳴った記憶がない。優しい音だから起きられないのかと思い、少し大きめの音の目覚まし時計を使ってみたが、やはり見事に寝過ごした。
夫は
「寝不足に決まってるやろう」
と私を批判?するが、そんなに遅い時間に就寝している訳ではない。仕事も最近は比較的落ち着いている。楽団の本番も暫くないし、姑は施設に居るので関西に行く用事もない。
そんなに疲れている訳がないと思うのだが、更年期の女の身体は色々と不安定なのかも知れない。
『朝起きられない』という言葉に、妹のことを思い出した。

私の妹は朝に非常に弱い。小さい頃から現在に至るまで、寝つきは良いのだが、寝てしまうとなかなか起きられないタイプの人間である。今は夜勤中心の生活だから良いのかな、と思う。職場を首にはなっていないようだから、まあ何とかやっていけているのだろう。
大学生の時は一限目に間に合うように起きられず、単位を落としたこともあるくらいであるから、周りは笑っていたが本人は真剣に悩んでいた。何度か『絶対に〇時に起こしてな』と頼まれて起こしたこともあるが、苦労して起こしても振り返ると再び寝息を立てている。それを再び起こすのはとても骨が折れる。しまいにこちらも用事があり、時間が迫ってきて放置することになる。自業自得だからしょうがない。

流石に他力ばかりには頼れない、と悟った妹は、ある日派手な音のする目覚まし時計を買ってきた。左右に二つある金属製のベルを、同じく金属製のハンマーが往復して叩くタイプの、古典的な目覚まし時計である。試しに鳴らすと近所迷惑かと思うくらい激しい音がしたので、これなら妹も絶対に起きられるだろう、と私達家族も一安心したのだった。
妹も
「これで私でも絶対自分で起きられるわ」
と自信満々だった。

ところが、我々家族の期待は見事に裏切られることとなった。
妹は目覚まし時計購入の翌日、いきなり寝坊したのである。別部屋で寝ていた母がけたたましい目覚ましの音に耐えかねて、
「あんた、目覚まし鳴ってるえ!」
と起こしに行ったのだが、妹は
「今日は休講やから・・・」
と答えたらしい。後から
「そんなこと言うた覚えないのに!」
と両手で顔を覆っていたそうだ。
あの大音量が耳元で鳴っているのに、なぜ起きられないのかと家族中で笑ったり、不思議がったりしていた。

暫くして、私は妹が起きられない理由を偶然知ることになった。
その日私は朝ゆっくり出かけることになっており、のんびりと寝ていた。妹は早朝から学校に行かねばならない日だったようで、目覚ましはかなり早い時間に鳴り始めた。
私と妹の部屋は厚手のアコーディオンカーテンで仕切られているだけだったから、派手な目覚ましの音で私はすぐに目が開いてしまった。妹は今度こそ起きられるだろうか、と隣の部屋の気配に耳をそばだてていると、やがて妹が布団から手を伸ばして時計を持ち上げたような気配がした。ああ、起きよるな、と思った瞬間、目覚ましの音が急にくぐもったような音に変わった。妹が布団の中に時計を引き擦り込んだようだった。布団ごしに妹に押さえつけられた時計が最早響きを一切なくし、『カチカチ』と最後の抵抗をしている音が聞こえてきたと思ったら、『カチッ』とベルを止める音がした。あれ、目覚まし止めよったぞ、と思って更に聞いていると、『ドン』という大きな音がして、妹が布団から手だけだして床に時計を荒っぽく置いたのだな、ということが分かった。
あまりにも乱暴に置かれたせいだろう、ベルが虚しく『チン』という小さな音を立てるのが聞えた。そして、妹の静かな寝息が再び聞こえてきた。
私はため息をついて起き上がると、妹を起こしに部屋に行くことになった。
後から私が聞いた時計の様子を話して、家族で大爆笑したのは言うまでもない。

件の目覚まし時計は、今は母が使っている。だがあまりにも音が大きいのでトーンダウンする為、ベルにはべったりと絆創膏が貼られている。
あの大音量でも起きられなかった妹を、当時は『ありえへん』と笑っていたのだが、今私は似たような状況になっている。妹のことを笑えないようだ。どうやったら起きられるかな。取り敢えず夜は早く寝た方が良さそうだ。