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課題曲

定期演奏会が終わると、私達の楽団はすぐに夏のコンクールに向けて活動を開始する。取り組むのは二曲で、吹奏楽連盟の指定する課題曲が一曲と好きに選ぶ自由曲が一曲である。
持ち時間が予め決められているので、その枠内で演奏を終えられるように選曲しなければならない。時間オーバーは失格となる。本当は好ましくないことだろうが、自由曲に於いては「カット」と言って、曲をぶった切って短くすることも割合頻繁に行われている。
課題曲は毎年四、五曲程度発表され、その内から好きな一つを選ぶ。こちらはカットはご法度だ。
大体はマーチなどの軽いものが多い。新人作曲家の登竜門的存在にもなっているようで、今年の課題曲の作曲者には高校三年生が一人いるそうだ。

実は私は課題曲が嫌いである。というか好きになれない。楽譜を貰ってもワクワク感がない。まるで夏休み前に「夏の友」を貰った小学生のような気分になる。
課題曲はそうそう難解な曲は少ない。だが奏者の「イヤなところ」を突いてくるものが多いと感じる。クラリネット奏者なら避けて通りたいイヤな跳躍、イヤな運指、イヤな音と言うのがあるが、その辺をわざとやらせようとする。いわば「試験」のような感じがしてしまうのだ。
これはあながち警戒し過ぎともいえないらしい。私が師匠のK先生に課題曲を好きになれないと言ったら先生は、
「そりゃそうですよ。『ふるい落とす為』の曲ですからね」
と仰った。つまり課題曲は「引っ掛け問題」的な要素がちりばめてある、ということだった。先生はよく審査員にも呼ばれておられたから、本当の事なのだろう。

ただ歴代の課題曲には、私が素晴らしいと感じるものもいくつかある。
一番名曲だと思うのは、保科 洋作曲の『風紋』である。1987年の課題曲だが、未だにコンサートなどでちょくちょく耳にする。
聴いていると、木の葉が風に乗って舞い散り、谷川の流れにもまれて下流へと流れて行く風景が目に浮かぶ。
保科先生には北陸のバンドに居た頃、指揮をして頂いたことがある。お優しい人柄と流麗な指揮にほれぼれしたものだ。この曲にも先生の素晴らしいお人柄があふれていると感じる。
最近では佐藤 博昭作曲の『天国の島』が良い。2011年の課題曲だ。冒頭のピッコロの緊張感いっぱいのソロが印象的なこの曲は、「ザ!鉄腕!ダッシュ‼」のBGMで流れていた。私はバスクラリネットで演奏したことがあるが、ざっくりとバリトンサックスと同じフレーズをやらせる課題曲が多いのに対し、この曲はしっかりと役割を分けて書かれていたのが印象的だった。クラリネットやオーボエ、ホルンなどにそれぞれ美しい旋律のソロがある。全体を通して叙景的なのが、好もしく感じてしまう理由かも知れない。

今年の課題曲は四曲で、内マーチが二曲だ。あとは珍しいポップス調の曲が一曲と、マーチではない曲が一曲である。便宜上それぞれに〇番、と言った具合に番号がふってある。
試奏が終わった後は、いつも帰り道に感想を語り合うのが通例になっている。この日はS君とNちゃんが一緒だった。
「在間さんは何番が好きですか?」
S君の問いに、
「うーん…どれもなあ。S君は?」
と聞き返すと彼も
「うーん。三番のポップスはなしかな、って思いますけど」
と首をひねっている。どれと言って推しはないようだ。
「マーチはどっちも結構侮れないですよ」
とNちゃんが言う。彼女はバスクラリネットである。
「課題曲の一番はファゴットに低音らしからぬことをさせてるらしいですよ」
横にいるファゴットのTさんがぼやいていた、と教えてくれた。一番はクラリネットには比較的優しめかなと思っていたが、やはり「引っ掛け問題」が他のパートにも存在していたようだ。
「二番も綺麗だけど、どこかで聴いたような感じですね」
S君が笑いながら言う。確かに昔の大河ドラマのテーマ曲を彷彿とさせるフレーズだ。
ああでもない、こうでもない、と三人して話しながら帰ってきた。この三人はコンクールへの熱が大体同じくらいで、課題曲は「いかにイヤなことをやらされずに済むか」が重要である、と感じている人間である。さほどこだわりもないし、早くどれかに決めてくれ、と思っている点は共通している。

再来週にはどれかに決定しているだろう。長い期間練習することになるけれど、どれになってもやっぱり好きになれないだろうなあ。