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綺麗なお姉さんは好きですよ

今日は仕事が休みである。
ぼつぼつ傷んできている靴下の替えを買おうと、勤務先のスーパーの衣料品売り場に足を運んだ。
適当に三足選んでレジに持って行くと、
「あら、おはようございます。今日はお休み?」
と澄んだ声で話しかけてくれる人がいた。
レジ係のKさんである。

Kさんは衣料品レジの準社員だ。
勤務時間も売り場も全く違うので、本来ならすれ違った時に挨拶するくらいの間柄である。
しかし以前、ウチの売り場の人繰りが物凄くピンチだった時に、数時間だけ応援に来て下さったことがあり、その際に少しだけお話させて頂いた。
私より確か四つ年上なのだが、見る人が見れば私より年下に見えると思う。緩いウエーブのかかった豊かなロングヘアを、うなじより少し高いところで一つに束ねて、両耳を出している。後れ毛に見え隠れする耳には、いつも目立たない小さなピアスが、控えめに光っている。それがとてもさりげなくて、実によく似合っている。
『チャーミング』という言葉は今の時代、最早死語なんだろうけど、Kさんを形容するにはピッタリだと思う。

準社員は朝・昼・夜の交替勤務が義務づけられている為、Kさんはいつも朝いるとは限らない。
夜番は午後二時からの勤務だから、Kさんが夜番の日は、朝番を終えて帰る私と通用口ですれ違うこともある。私に気付くと、
「あら、今帰り?お疲れ様!」
といつもにこやかに手を振って下さる。
こんな時のKさんはとても爽やかで綺麗で、ちょっと眩しい。
私なんぞは着替えの手間を省略する為、いつも制服で出勤し、仕事でよれた状態のまま帰るのであるが、Kさんはいつもとてもオシャレな私服姿である。効率を最優先して『女』を捨て、生活臭のプンプンする我が身と見比べると、思わず恥ずかしくなってしまう。
すれ違うと、いつもなんだかふんわりと良い匂いがする。嫌味な香水でもなく、つけすぎたファンデーションの香りでもない。形容しがたい、『良い匂い』なのだ。
鼻先にKさんの香りが漂ってくると、自分が女であるにも関わらず、ついデレっとしてしまう。

ウチの売り場に応援に来て下さった時のことである。
お客様の開いていった日傘を一緒に畳みなおしていたKさんは、
「ねえ、これ、凄く可愛いと思いません?私、こういうの大好き!買っちゃおうかなあ」
と一本の日傘を見せて下さった。
それはフリルいっぱいの大きなリボン付き、オマケに可愛いピンク色。Dさんとは『若い子向きですねえ』なんて話していた商品である。だからちょっとビックリしてしまった。
自分だと絶対に選ぶ勇気は出ないし、似合うとも思えないデザインだ。けれどKさんならきっとしっくりと身に合うように差しこなしてしまうんだろうなあ、とすぐに思い直した。
午後番のMさんによると、その日の帰りにKさんはその傘をお買い上げになったそうだ。
「いくつになっても、こんな女の子っぽいの好きなんて、変なおばさんでしょ。でも、好きなんですよねえ」
とニコニコしてらしたらしい。

「私、夫が転勤族でね。大阪に住んでいたことがあるんですよ」
と話してくれたこともある。当時の住所を訊くと知人の家のすぐ近所だったので、物凄い偶然もあるものだ、と盛り上がったものだった。
「転勤族って、引越しの度に色々大変でしょ?ウチはもう退職して地元に帰ってきたから良いけど、在間さんちは後一回残ってるのね。頑張ってね」
と非常に同情してくれた。
正社員は全員、自身が転勤族だが、この店のパートで転勤族の妻、というのは殆どいない。Kさんのように分かって下さる方が居て、ちょっと嬉しかった。

六十代間近でも、いつも可愛くお洒落でさりげない。
お仕事もとてもデキる。そこから来る落ち着きが、益々Kさんを魅力的に見せているのだと思う。
あんな風に年を重ねたいものだな、と思う。
同性の私から見ても『綺麗なお姉さん』のKさんは、私の密かな憧れの存在なのである。