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長い物に巻かれない

ある日パート仲間のMさんが、制服の首元の第一ボタンをとめているかどうか尋ねてきた。言われるまでどうしているか意識下になかったので、どうだったっけ?と手をやると、私は開けて着ていた。他の二人の同僚もそう言えば開けてるねえ、最近蒸し暑いしねえ、という話だった。

私達の制服はごく普通のカッターシャツで、ネクタイやスカーフ等はない。それに私物の黒いズボンを履き、黒い靴下に黒い靴、その上から貸与されたエプロンをしめて完成、というごく地味なものである。
特に第一ボタンをどうしろとか言う規定はない。
お客様から見苦しい、というクレームでも出たのだろうか?

話を聞くと、別の売り場のベテランパートの方から、Mさん自身が厳しく指摘されたのだという。
Mさんも規定にない事は知っていたが、気圧されて言い返す事が出来ず、取り敢えず謝ってその場でしめてしまった、と言うことだった。
みんなも気をつけてね、おんなじ目に会うといけないから、という。

私達売り場従業員の制服は、先ずはお客様に不快感を与えない事が第一条件だと思う。
もし第二ボタンまで開けていれば、お客様はご不快だろう。私も目にすれば違和感を感じるかも知れない。この店大丈夫?と思うだろうし、イメージは少なくとも良くはならない。

しかし、売り場は最近暑い。皆笑顔の裏で耐えているのが現状だ。かなり汗もかく。夏の盛りはどうなるのか、と心配にもなる。バックヤードで、お茶を一気飲みしているレジ担当の方を見かける事もしばしばだ。
レジ周辺は様々な機器がある上に狭いので、空調もあまりきかない。レジを離れて売り場の清掃等していると汗が引く事もある。

Mさんは件のベテランパートさんに「みんな暑いのを我慢しているのに、自分達だけ涼しくしようなんて」と言われた、と言ってしょげていた。
気の毒である。

そしてなんか違う。

みんな我慢しているのだから従うべき、というのでは業務の改善提案なんて何処からも出てこない。
規定に「第一ボタンをしめろ」とあれば取り敢えずは従うが、それであまりにも従業員の作業効率が下がるのなら、規定の見直しが必要だろう。そういう事のために労働組合があるのでは?

そのベテランパートさんに罪はない。その方は正しい、と信じておられるのだろう。お客様に失礼のないように「みんな」我慢している。はみ出す者がいたら、「統率」がきかないではないか。

失礼かそうでないかを判断するのは店側でなくて、お客様側である。ただお客様全員に伺う訳にもいかないから、便宜上店側が「常識」の範囲内で、とめなくて良い、と言っている。
ただ、「常識」の範囲は人によって少しずつ違う事がある。
件のベテランパートさんにとっては、第一ボタンを開けるのは「失礼」な事で、Mさんや私の同僚達にとってはそうでもない事である。規定通りで何が悪いのか、という感覚である。

どちらにも悪気はないので難しいが、こういう時は「臨機応変」で良いという気がする。
体温、その日の体調だって一人ずつ違う。もし妊婦さん等だと余計暑いだろう。かなり気の毒である。倒れたりする事もないとは言えないだろう。
しかしお客様によっては不快に思われるかも知れない。

きっちり決めすぎるとかえって軋轢や不都合を生じる。
だから今回のケースだと『制服の第一ボタンは基本的にはとめる事とする。但し、気温や体調等に応じて、だらしなくならない範囲内で各自で調節可能とする』という一文を添えてくれると有り難いかも、と思っている。
まあ今は取り敢えず、自分の中にこの規定を勝手に作って、実践するのみだ。

ただ長い物に巻かれるままになるのは、自分にとって良くない。
いつでも自分を大切にしたい。それは我儘ではない。